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人手不足を測るための指数に「有効求人倍率(季節調整値)」があります。有効求人倍率とは、公共職業安定所(ハローワーク)に登録されている月間有効求人数を月間有効求職者数で割った値であり、この値が1を上回れば「人手不足」、1を下回れば「仕事不足(人余り)」と表現されます。
日本では、2018年9月に1.64倍(※1)となりましたが、その年の後半から始まった米中貿易摩擦や2020年の感染症拡大による製造業、宿泊業、飲食サービス業等の業績悪化も影響し、2020年9月には1.03倍(※2)にまで落ち込みました。
※1出典:厚生労働省「一般職業紹介状況(平成30年9月分)」(2018年10月30日)
※2出典:厚生労働省「一般職業紹介状況(令和2年9月分)」(2020年10月30日)
しかし、同年10月以降は上昇傾向となり、2022年2月には1.21倍(※1)、7月には1.29倍(※2)と人手不足の状態がまた強くなってきました。
※1出典:厚生労働省「一般職業紹介状況(令和4年2月分)」(2022年3月29日)
※2出典:厚生労働省「一般職業紹介状況(令和4年7月分)」(2022年8月30日)
一つ目の原因として、少子高齢化が考えられます。一般に15~65歳未満で生産活動に参加できる年齢層のことを「生産年齢人口」といいますが、日本の生産年齢人口は1995年をピークに減少しています。
また、15歳以上の人口のうち、「就業者」と「完全失業者」を合わせたものを「労働力人口」といいますが、近年はこの労働力人口のうち44歳以下の割合が減少しており、55歳以上の割合が増加してきています。特に60歳以上の増加率が高いことから少子高齢化が進んでいることがわかります。
参考:厚生労働省「2018年版「中小企業白書」」
二つ目の原因として、技術革新や働き方、産業構造の変化などにより、業界によっては求人の需要と供給のバランスが崩れており、いわゆるミスマッチの状態が起こっていることが考えられます。
たとえば、それぞれの業界に対して求職者がもつ「仕事量が多い」「ハードな仕事内容」「残業が多い」「業界のイメージが悪い」などの印象によるもの、「人手不足の業界=ブラック企業」といった決めつけなどによって影響を受け、ミスマッチとなっている場合もあります。
厚生労働省の調査によると、人手不足が企業にもたらす影響として、「既存事業の運営への支障」「技術・ノウハウの伝承の困難化」「既存事業における新規需要増加への対応不可」「余力以上の人件費の高騰」があります。これらの影響から、業務量が多くなることによる「能力開発機会の減少」や「離職者の増加」などが問題となってきました。
出典:厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析 -人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について-」
ここでは人手不足の割合を「正社員」と「正社員以外」で比較していきます。
株式会社帝国データバンクが全国の企業に対して実施した調査によれば、2022年7月時点で人手不足を感じている企業の割合は47.7%と半数近くに上っています(※1)。4月時点では人手不足であると回答している企業は45.9%だったので3カ月で2.2%の上昇です(※2)。
景況感が徐々に回復傾向にあるなかで、企業の人手不足感は、コロナ禍以前の水準まで上昇してきたといえます。なお、感染症拡大前で最も人手不足の割合が高かったのは2019年で50.3%でした(※3)。
正社員以外の人手不足を感じていると回答した企業の割合は、2022年7月時点で28.5%であり(※1)、正社員ほど不足していると感じているわけではありませんが、4月時点の回答である27.3%からさらに上昇しています(※2)。
※1出典:株式会社帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2022年7月)」(2022年8月29日)
※2出典:株式会社帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2022年4月)」(2022年5月26日)
※3出典:株式会社帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2019年4月)」(2019年5月23日)
人手不足により業務が多忙になってくると、従業員の労働時間や日数が増えるだけではなく、何のために働いているのかという「働きがい」や「意欲」にまで影響を及ぼす可能性があります。
特に「医療・福祉関係専門職」や「技術系専門職(研究開発、設計、SE等)」、「教育関係専門職」などといった非定型的業務の比重が高いと思われる職種は労働時間や日数の増加等により、人手不足の影響を受けやすい傾向にあり、「輸送・機械運転職」や「建設・採掘職」「事務職(一般事務等)」などといった定型的業務の比重が高いと思われる職種では、人手不足による「働きがいや意欲の低下」について影響を受けやすい傾向にあります。
出典:厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析 -人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について-」第Ⅱ部 第3節「人手不足が企業経営や職場環境に与える影響について」
ここでも人手不足について「正社員」と「正社員以外」の場合について記述していきます。
厚生労働省の発表によれば、2022年10月1日から10月中旬までの間に、全国47都道府県で最低賃金が30~33円引き上げとなります(2022年9月現在)(※1)。ただし、正社員の人手が「不足」と回答した企業のうち、72.5%がすでに賃上げを行っています(※2)。さらに、正社員が人手不足となっている企業のうち、3社に2社が「賃上げ実施を予定している」と考えており、今後は最低賃金の引き上げとともに人手不足による賃上げも広がる可能性が予想されます。
※1出典:厚生労働省「全ての都道府県で地域別最低賃金の答申がなされました」(2022年8月23日)
※2出典:株式会社帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2022年7月)」(2022年8月29日)
既出の調査によれば、非正社員について人手が「不足」していると回答した企業は28.5%です(※1)。特に飲食店の「人手不足」が深刻化しており、株式会社シンクロ・フードによる調査では、7割以上がアルバイト不足と回答しています(※2)。店によってはインセンティブ制を導入し、店舗の売上が基準額をこえた場合にプラスして支給するなどの工夫をして、人材確保に努めているところもあります。
※1 出典:株式会社帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2022年7月)」(2022年8月29日)
※2 出典:飲食店ドットコム(株式会社シンクロ・フード)「飲食店の約7割が「人手不足」を実感。「賃上げしても効果なし」の声も」(2022年7月11日)
株式会社帝国データバンクの「人手不足に対する企業の動向調査(2022年7月)」では、宿泊業界、IT業界、建設・土木業界、飲食・サービス業界の人手不足が明らかになりました。緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が解除され、ウィズコロナ・アフターコロナへと向かうなか、人手不足はさらに顕著となっています。
正社員の人手不足割合(上位10業種)
引用:株式会社帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2022年7月)」(2022年8月29日)
それぞれの業界での正社員の人手不足の特徴について、記述していきます。
「旅館・ホテル」の業種で人手不足と66.7%が回答しており、全業種のなかで最も人手不足が深刻な状態です。
行動制限が緩和された夏休みシーズンには、3社に2社が人手不足を感じていました。2022年8月25日には、県民割支援の実施期間が2022年9月30日宿泊分まで延長することが決まり、旅行客が戻ってきていることも人手不足に影響を与えているようです。
「情報サービス」の業種で人手不足と64.9%が回答しており、慢性的な人手不足が続いている状態です。
総務省が2022年7月5日に公表した情報通信白書によると、デジタルトランスフォーメーション(DX)の課題として日本企業の約7割が「人材不足」をあげています。
出典:総務省「令和4年版情報通信白書」(2022年7月5日)
日本は情報技術の知識やリテラシーが不足していることもあり、人材面での充実も迫られています。
「建設」の業種で人手不足と62.7%が回答しており、工事の発注はしてもらえるが人手不足のため、利益につながらないという状態です。
また、社会情勢の変化から材料として使われる材木不足が続いており、「ウッドショック」という原材料不足、円安の影響から資材となる資源の価格高騰の影響を受けている業種もあります。
「飲食」の業種で人手不足と54.1%が回答しており、慢性的に求人募集をしても充分な応募がない状態が続いています。
アルバイトやパートなど正社員以外の雇用に業務を頼ることも多く、学生アルバイトの卒業など、長期雇用の難しさによる離職率の高さも人手不足の原因となっています。業種ごとに雇用者へ支払う賃金の総額をアップするなどの工夫をしていますが、約4割が「特に効果はみられていない」と回答しています。
出典:飲食店ドットコム(株式会社シンクロ・フード)「飲食店の約7割が「人手不足」を実感。「賃上げしても効果なし」の声も」(2022年7月11日)
既述のとおり、日本では労働力人口の減少と高齢化が進んでおり、さまざまな業界で人手不足が深刻化しているといえるでしょう。さらに、特定の業界によっては求人の需要と供給のバランスが崩れていたり、働き方の改善に努めているにもかかわらず業界のイメージチェンジがうまくいっていなかったりといったケースも見られます。
こういった理由が複雑にからまり合っていることもあり、人手不足の解消は一筋縄では進まないと考えられます。
※人手不足の原因に関しては、以下の記事をご参照ください
日本はなぜ人手不足になるのか?根本的な原因と対策や解消法をわかりやすく解説
将来の予測が困難な時代を迎え、企業はこれまでよりも多様で柔軟な対応が求められてきています。日本は労働力人口が減少しており、新たに従業員を雇用するのが難しい状況は今後も続くでしょう。これからの企業には「いま働いている従業員が辞めない仕組みづくり」をしていくことが求められています。
賃金アップやミドルシニア世代・子育て世代の活用、労働環境の改善などに力を入れ、従業員がなるべく長くこの職場で働きたいと思える気持ちを醸成するよう努める必要があるといえます。
ここでは3つの対策について例を挙げて説明します。
実質賃金が3年ぶりに前年比プラスとなり、賃金改善を実施した企業が増えてきました(※1)。賃金改善をしたその理由のトップは、人手不足などによる「労働力の定着・確保」が76.6%で最多(複数回答、以下同)であり、「自社の業績拡大」が38.0%、「物価動向」が21.8%と続きます(※2)。賃金アップが行われると労働者の意欲や生産性が向上し、これからも会社に貢献しようと思う社員が増えます。昇給の実績は会社のアピールポイントともなりますから、求人に対する応募者が増え、優秀な人材を獲得できる可能性も高くなります。
出典:
※1:厚生労働省「令和4年版 労働経済の分析」(2022年9月)
※2:株式会社帝国データバンク「特別企画 :2022 年度の賃金動向に関する企業の意識調査」(2022年2月月10日)
人手不足が恒常化しており、企業が経験豊富なミドルシニアに注目して、嘱託制度の拡充やミドルシニアを積極的に採用していくというケースが増えてきました。
株式会社リクルートは、50代以上の転職実績が2015年から倍増しているという事実もあり、ミドルシニア世代に対しては、人が無意識に抱く偏見、思い込み(アンコンシャスバイアス)を取り除き、その人の市場価値を客観的に捉えられるようになる支援、ミドルシニア世代の周囲や会社の役に立ちたいという貢献欲求を尊重することが大切であると伝えています(※1)。
また、子育て世代については実力や働きぶりを正しく評価するためにもプロセスではなく成果で評価する。時間的な制約があっても公平に評価する仕組みへ変えていくこと。女性リーダーを育成するためには成長の機会となるチャレンジポストへの積極的な任用と周りと相談できる関係性をつくっておくこと。ライフステージの変化を見据えて先回りをした経験・成長ができる環境をつくっておくことが大切であると提案しています(※2)。
参考:
※1:株式会社リクルート「ミドルシニア 活躍の条件は、年齢よりもスキルや能力」
※2:株式会社リクルート「女性の活躍 「働きつづける」から、「活躍する」へ」
企業の業績を向上させるためには、労働環境の改善を行い、労働生産性を高めていくことが大切です。
たとえば就業規則の見直しをしたり、業務の進め方を工夫して労働時間を短縮したり、短時間正社員を雇用したり、退職金制度の見直しをしたり、年次有給休暇の計画的な付与や時間単位の休暇取得制度等を活用して休暇の取りやすい環境づくりに力を注ぐなどをして、環境の改善に努めていくとよいでしょう。職場での働き方が柔軟になればなるほど、社員のワークライフバランスが保たれ、そういった制度が整っている会社に応募者が集まりやすくなり、従業員が定着して長く活躍できるようになると考えられます。
参考:厚生労働省「人材確保に「効く」事例集」(2018年3月)