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採用マーケティングとは、「販促などに用いられるマーケティングの理論・手法を、採用活動に取り入れること」です。しかし、一口にマーケティングといっても、「市場調査」のことを指したり、「広告宣伝」のことを指したりと、人によりその認識はさまざまです。最近ではデジタルマーケティング(Webマーケティング)という言葉も盛んに飛び交うようになりました。マーケティングが専門ではない採用担当者からすると「分かるようで分からない」ことも多いのではないでしょうか。
採用活動を販促活動に置き換えて整理してみましょう。
たとえば、人材紹介や求人媒体(メディア)、ハローワークなどに出した自社求人に求職者から応募が来ることは、「自社商品を店頭に並べ、消費者がその商品に興味持ち購入を検討している」に近い状態です。しかし、販促活動は店の中だけで、ニーズのある人にだけPRするものではありません。テレビCMやWeb広告などで商品の存在を知ってもらうこと(認知)や、興味を持ち好きになってもらうこと(ファン化)も必要です。さらに、お客さまの声を集めて商品を改良・開発することや、広告宣伝方法を改善していくことも必要です。
このような視点を採用活動に当てはめてみると、採用活動を募集や選考プロセスだけではなく、その前後のフェーズも含めて捉え直す必要があることがわかってきます。つまり採用マーケティングの基本的な活動は、求職者や転職潜在層など、自社を取り巻く多くの人々とよい関係を構築していくことだといえます。
採用マーケティングを検討するには、候補者の変化から捉えるフレームワークが有用です。代表的なものに「潜在層→顕在層→選考→内定・入社」と進んでいくものがあります。これは潜在的な人材から自社に入社する人材を発掘するまでの一連のプロセスを表したものです。
まずは人材の潜在層に自社を認知してもらい、次に認知された層にアプローチして自社に興味を持ってもらいます。そして数ある選択肢の中から自社を選んでもらい、応募、選考に進んだのち、最終的に自社の従業員になるまでのプロセスです。これが基本的なフレームワークとなります。
近年、採用マーケティングが注目されるようになった背景には、主に3つの理由が考えられます。
少子高齢化による労働人口の減少、団塊世代の定年退職などを背景に社会全体で人手不足が続いています。新型コロナウィルス感染拡大により大きく下がった有効求人倍率は、現在再び上昇傾向にあり、採用ニーズを充足させることが困難な状況になっています。
こうした採用環境のなか、中途採用では転職にアクティブな顕在層にアプローチするだけではなく、そもそも転職を検討していない人材や、人材紹介や求人媒体を積極的に利用していない人材などの潜在層に対して、自社を認知し、興味を持ってもらうための活動が積極化しています。
新卒採用においても優秀な学生ほど取り合いになっており、自社に関心のない潜在層の学生にも振り向いてもらうアプローチが必要になってきています。
出典:厚生労働省「一般職業紹介状況(令和5年4月分)」2023年5月30日
人手不足に加え、採用手法が多様化していることも、採用マーケティングが活発になっている理由の一つです。近年は、SNSでのコミュニケーションを通して求職者とつながり人材をスカウトする手法や、従業員を通じたリファラル採用など、さまざまな採用手法によって採用を行う企業が増えています。こうした新たな手法は、人材紹介や求人媒体のような採用・就職・転職を前提としたものではないからこそ、企業と求職者がどうコミュニケーションを取り、採用につなげていくかについて十分に設計する必要があります。
企業で働く人材が多様化していることもマーケティングの重要性が高まっているポイントです。社会全体で働き方改革や業務のDX化が進められている今日、仕事に対する価値観や仕事選びの基準も多様になってきています。求職者を正しく理解し、採用ターゲットに合った自社の魅力を伝えていくマーケティングが求められています。
このように、従来よりも採用活動の範囲を広く捉えてアプローチしていくのが、今日の採用マーケティングの基本です。それでは、マーケティングの対象範囲はどこまで広げる必要があるのでしょうか。ここでは中途採用を例に、積極的に転職活動をしている人材以外の、採用マーケティングの対象となりうる求職者について紹介します。
転職活動を行っていない人材や転職に積極的でない人材(転職潜在層)にも、自社を認知してもらう活動は不可欠です。これらの人材の転職意向が高まったときに、想起される会社になるようアプローチします。
自社の従業員も採用マーケティングの対象となります。採用活動を広く捉え直すと、人材育成や働く環境の整備、キャリア支援など、入社後の従業員のエンゲージメントを高める各種活動も採用の一環と考えられます。採用を販促にたとえるなら、従業員は企業という商品を購入・利用しているユーザーです。ユーザー満足度を高めることが自社のPRにつながるように、従業員エンゲージメントの向上はリファラル採用の活性化や、Web上の企業に対する口コミがよくなるといった効果につながります。
※エンゲージメントに関しては、以下の記事をご参照ください
エンゲージメントとは?高めるポイント、調査方法、向上させる施策を紹介
採用活動はその場限りではありません。入社に至らなかった候補者も採用マーケティングの対象であり、これらの人材へも誠実な対応が必要です。不合格者への対応が不適切な場合、友人やSNS、口コミサイトなどを通じてネガティブなイメージが拡散していくリスクがあります。「なぜ不合格だったか」「どのような点がミスマッチだったか」などについて、候補者と丁寧にコミュニケーションしながら伝えていきましょう。たとえ今は縁がなくても、自社のファンになってもらったり、再応募につながる可能性もあることを忘れてはなりません。
また、「なぜ辞退されたのか」「条件に合わない応募(ミスマッチ)が多いのはなぜか」など、辞退者とのコミュニケーション履歴を蓄積することで、採用活動の改善につなげることもできます。
就業中の従業員同様、退職者は自社で働いた経験のある人材です。今日では求職者が元従業員の口コミを確認するのは普通のこととなっています。退職者が自身の就業経験をどう語るかは、採用活動に大きな影響を与えます。また、近年では一度退職した従業員の再入社、いわゆる「出戻り社員」を歓迎する企業も増えてきています。自社の仕事内容やカルチャーをリアルに体験したことがある従業員は、即戦力として活躍しやすいというメリットがあります。退職者との関係性をより良くしていくことは採用活動にプラスに働きます。
採用マーケティングを導入することにより、どのようなメリットが期待できるのでしょうか。ここでは導入検討のメリットを紹介します。
採用マーケティングの最初の一歩は、自社にとって必要な人材を明確にすることです。自社に必要な人材が明確になっていなければ、効果的に採用活動を進めることは難しいでしょう。採用マーケティングを導入することで、自社にとって必要な人材が明確になり、より採用につながりやすい層へアプローチが可能になります。
採用マーケティングを取り入れることで、適切な人材層へのアプローチが可能になり、自社にマッチした人材の採用につなげることができます。そのため、離職につながってしまうようなミスマッチを防止できる可能性が高まります。
採用マーケティングを導入することで、採用活動全体を捉え直し、自社の採用活動の改善や効率化につなげることが可能です。こうした改善によって採用活動が最適化され、結果的に採用コストの抑制につながる可能性があります。
さまざまなメリットのある採用マーケティングですが、デメリットも存在します。ここでは採用マーケティングのデメリットについて解説します。
採用マーケティングは採用活動の質を上げる有効な手段の一つですが、慣れないうちは準備に時間がかかり、一時的には負担が増加する可能性があることは認識しておきましょう。採用にかかる工程を整理し、工程によっては外注の活用を検討してもよいでしょう。
採用マーケティングを実行してから成果を得るまで、時間がかかる場合があります。採用のフレームワークを理解し、工程ごとにプランを立てて実行していくことは簡単な作業ではありません。またSNSを活用した採用マーケティングを行う場合にも、拡散効果を高めるためには地道に発信を続ける必要があります。
採用マーケティングの導入によって望んだ成果を得るためには、長期的な視点に立って粘り強く取り組んでいくことが大切です。
マーケティングで広く知られるのがAIDMA(アイドマ)と呼ばれる消費行動モデルです。AIDMAは、5つの行動プロセスの頭文字を取った言葉で、消費者が商品を購入するまでには以下のようなプロセスがあるといわれています。このプロセスは、商品購入だけではなく、求職者の採用プロセスに置き換えることができ、Action(行動)は、応募を指すことが多いです。
・Attention…認知・注意
・Interest…興味・関心
・Desire…欲求
・Memory…記憶
・Action…行動
※4番目のMをMotive…動機とする場合もあります。採用活動に当てはめる場合は、Motive≒志望動機と捉えると馴染みやすいでしょう。
AIDMAは1920年代に登場した考え方ですが、インターネット時代の到来により人々の消費行動が変化し、新たに提唱されたのがAISAS(アイサス)です。
・Attention…認知・注意
・Interest…興味・関心
・Search…検索
・Action…行動
・Share…共有
AISASは、興味を持ったあとに検索(比較検討や情報収集)をする行動が念頭に置かれているのが特徴です。また、行動(体験)したあとにブログやSNSでのレビューや口コミの効果についても考慮されたモデルです。
どちらのモデルにおいても、まずは消費者に認知(Attention)されることがスタートです。採用活動においても同様に、候補者に自社のことを知ってもらうことが最も重要です。また、現代の採用活動においても、AISASモデルのSearchとShareという2つのSの存在は十分に配慮するべきでしょう。
近年、リファラル採用やSNSを活用したリクルーティング活動、インターンシップのような就業体験プログラムを導入する企業が増えつつあります。これをマーケティング手法に当てはめると、SIPS(シップス)と呼ばれる消費行動モデルと共通点が見られます。
・Sympathize…共感
・Identify…確認
・Participate…参加
・Share & Spread…共有&拡散
SIPSは、共感ではじまり共有で終わる(それが次なる共感を呼ぶような循環型)ことが特長です。企業からの一方通行な情報発信ではなく、知人・友人を頼って人づてに話を聞く、SNSで評判を検索するなど、多面的な情報発信・情報収集が前提です。ユーザーの行動も購入や応募にとどまらず、「SNSでいいねを押す」「コミュニティに参加する」といった幅広いつながり方が意識されています。 転職活動においては、求職者はIdentify(確認)を特に意識しています。友人・知人やSNS上で、その企業は自分にとって有益なのかその情報は正しいのか、きちんと確認を行うことが一般的です。
採用の外の世界に目を向ければ、世の中にはさまざまなマーケティングの成功事例があります。多くの人の目を引くようなアイデアや採用活動を劇的に効率化するようなヒントも沢山あるはずです。ただ、その方法がいかに素晴らしいとしても、手法にこだわりすぎると自社にフィットせず、失敗するリスクが高くなります。採用マーケティングは手段であって目的ではありません。あくまでも自社の採用目的を実現するために効果的な手法を検討することが重要です。手段の目的化にならないように注意しましょう。
マーケティング手法の1つに、従業員を巻き込んだSNS上での情報発信やいわゆる「バズる」ことを狙ったマーケティング(バズマーケティング)があります。採用活動にプラスに働くこともありますが、幅広い人たちに情報発信するからこそ、内容に関して通常以上に注意する必要があります。
人材紹介や求人媒体を通した通常の採用広報では、就活生や求職者を対象にすることを前提に自社の求人を訴求しますが、一般のWeb広告やSNS上ではそうではない多くの人の目に留まります。一方的に自社の求人を伝えるだけでは、「自分には必要のない情報が繰り返し表示される」と感じさせ、かえって避けられかねません。また、採用広報は自社の採用基準を満たす人をターゲットに想定してメッセージをするのがセオリーですが、幅広い求職者を対象とした場合、いつも以上にさまざまな立場の人の目に留まるからこそ、多様性への配慮が欠けた表現が含まれていると一気に炎上するリスクもあります。SNSやWeb広告の発信には十分なリテラシーを持つことが重要でしょう。
いかがでしたか。採用マーケティングを適切に取り入れることで人材採用をよりスムーズに進めることができる場合があります。今回ご紹介した注意点などを参考に最適な取り入れ方を検討してみるとよいでしょう。本記事が採用活動に取り組む皆様の一助になれば幸いです。