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イノベーションとは、革新的なモノ・コト・仕組みなどによって、これまでの常識が一変するような新たな価値を創造することです。
例えば、インターネットの登場以前に距離の離れた人とコミュニケーションを取る方法といえば手紙か電話でしたが、インターネットが社会に浸透した今ではe-mailやSNSでのやり取りが主流です。古くは冷蔵庫・掃除機・洗濯機といった家電の登場も、家事の時短を実現し女性の社会進出を促したといわれています。
このように、今までにないアイデアによってより良い変化をもたらすものがイノベーションです。社会を大きく変えるような影響力があるものはもちろん、特定のマーケットや一部の業務における革新的な取り組みもイノベーションのひとつです。
日本では、長らくイノベーションは技術革新を指す言葉だと捉えられていましたが、これは1958年の「経済白書」でイノベーションの意味が技術分野に限定した言葉として紹介され、定着してしまったことによるものです。本来のイノベーションは、技術に限ったものではなくあらゆる革新的なものごとを指す言葉です。イノベーションを起こすことに業種や企業規模の大小は関係ありません。
では、なぜ今多くの企業はイノベーションを追求しているのでしょうか。上述したように、家電やインターネットの登場は社会を大きく変え、これまではなかった新たな需要や産業を生み出しました。それにより担い手企業は飛躍的な成長を遂げてきたからこそ、多くの企業もイノベーションの創出を経営戦略の柱に据えるようになりました。
また、社会的な課題が複雑・深刻化していることもイノベーションが期待される理由のひとつです。例えば、地球温暖化や海洋汚染などの環境破壊は、小手先の対策では歯止めが効かないところまで進んでおり、既存の産業のあり方を抜本的に見直そうとしているのが世界の潮流です。脱炭素・脱プラスチックなどの環境対策と経済成長という、一見すると二律背反な事柄を両立させるためにも、イノベーションは求められています。他にも、労働人口の減少、新型コロナウイルスなど、既存のあり方を継続しては乗り越えられない課題が増えているからこそ、社会全体でイノベーションへの期待が高まっています。
イノベーション理論を確立したオーストリアの経済学者、ヨーゼフ・シュンペーターは、イノベーションを以下の5つに分類しています。
1:プロダクトイノベーション(新製品・サービス開発)
2:プロセスイノベーション(新たな生産方式の導入)
3:マーケットイノベーション(新市場・消費者の開拓)
4:サプライチェーンイノベーション(新たな資源の獲得)
5:オーガニゼーションイノベーション(組織改革)
イノベーションとはこの5つのどれか、もしくは組み合わせで生まれるものです。言い換えるならば、イノベーションの対象は「製品・サービス」だけではないということです。例えば、自宅をはじめオフィスの外で働くことを可能にしたリモートワークは、生産性の向上に効果があるという意味ではプロセスイノベーションですし、場所・時間の制約をなくすことで多様な人々が働けるようになるという意味では組織改革といえるでしょう。
イノベーションは、従来の枠組みにはとらわれないアイデアが必要です。そのため、異業界から転職してきた中途社員の自由な発想や、日々の業務の中で聞いた顧客のちょっとした一言がヒントになることがあります。イノベーションを起こしている企業は、こうしたイノベーションの種を組織として拾い上げるのが得意といえます。例えば、役職を問わずアイデアを募集する新規事業コンテストを開催したり、普段から上下関係にこだわらずフラットに意見を言い合える職場風土を大切にしたりすることで、革新的なアイデアが埋もれないようにしています。
日常業務を繰り返すだけでは、新たなアイデアは生まれにくいもの。いつも同じ人たちと話すばかりでは、発想も偏ってしまいがちです。そもそも同じ会社・同じ組織に所属している人は、広く世の中を見渡してみれば価値観や考え方が近く似通ってきます。そのため、イベント・カンファレンスの参加や、社外パートナーとの協業などを通じて自社にない視点・発想を取り入れることもイノベーションを育むためのアプローチのひとつです。
世の中の多くのイノベーションは、数々の失敗を乗り越えて生まれています。失敗した事業の副産物が大ヒットしたケースも珍しくありません。つまり、イノベーションを創出するためにはある程度の失敗はつきもの。上手くいかない経験も糧にしながら、修正や方向転換を積み重ね、ブラッシュアップしていくことが求められます。そのため、失敗を許容できるような風土・開発体制であることも重要。まずは小さく初めて検証し、改善を繰り返すような動き方が大切になります。
確固たる既存事業を持つ企業には、長い年月をかけて培ってきた考え方・ノウハウがあります。それは既存の業務を遂行する上では有効なものの、同じやり方を続けるだけでは常識を変えるようなアイデアにつながりづらいです。なおかつ、企業にとってはこれまでのやり方で成長を続けてきた成功体験があるからこそ、その枠から外れた発想になりにくいといえます。
これは、イノベーティブなアイデアの発案を妨げるだけでなく、アイデアをジャッジする経営層やマネジメント層の判断基準にも影響を及ぼします。新しい取り組みの価値は既存の常識では測れないからこそ、過去の成功体験にとらわれず判断をすることが必要です。
既存事業で成功している企業には、その商品・サービスを提供するために最適化されたリソース(材料・生産設備・人員など)が既に揃っています。そのため目の前の売上・利益を最大化しようとすれば、成功するかどうか分からない取り組みよりも、既存事業を拡大する方が経済的合理性は高いです。
しかし、既存事業に向き合うだけでは、それ以外のことを考える機会がなくなり、世の中の変化や新たなビジネスチャンスの到来に気づけないリスクもあります。結果的にこれまでマーケットのトップに位置していた企業がチャンスを見逃し、名もなきスタートアップ企業が生み出した革新的サービスに敗北を喫してしまいます。こうした現象は「イノベーションのジレンマ」と呼ばれています。
ここまでご紹介したように、イノベーションには「従来のセオリーにとらわれない」「ある程度の失敗はやむを得ない」といった側面があります。こうした性質は、減点主義の環境と相性が良くありません。
減点主義は、明確に決まったゴールを決められたプロセス通りに実現できているか評価するうえでは有用ですが、従業員が失敗を恐れ余計なことはやらないようになるという副作用もあります。
イノベーションは最初から取組みのゴールが明確ではなく、試行錯誤をしながら答えを見つけていくもの。だからこそ、マネジメントにおいても従業員の弱みよりも強みに着目することが大切です。
例えば、今では当たり前となったカメラ機能付き携帯電話(スマートフォン)。当初、携帯電話に搭載されたカメラはデジタルカメラの性能に比べれば取るに足らないものでした。しかし、生活必需品の携帯電話で写真が撮れる手軽さが人気を呼び、社会に定着。一般向けのデジタルカメラ市場は急速に衰退していきました。
このようなイノベーションは、従来の発想にこだわらないアイデアが必要になるとともに、市場の勢力図を一変させるような影響があることから「破壊的イノベーション」と呼ばれています。破壊的イノベーションは、ときに自社の既存事業を自己否定する側面もありますが、マーケットが頭打ちになって現状打破したい場合など、既存の延長線では解決が困難な局面で有効だといわれています。
近年、日本が国を上げて取り組んでいるのがオープンイノベーションの推進です。経済産業省でも、「イノベーションの創出のためには、(中略)国内外問わず優秀な人材・技術を確保・流動化しながら、企業・大学・ベンチャー起業等、プレイヤーの垣根を打破してそれを流動化させ、各プレイヤーが総じて付加価値を創出するためのオープンイノベーションの推進が重要」と方向性を示しています。
(出典:経済産業省「通商白書2017」第4章-第4節 オープンイノベーションの推進)
つまり、自社単独で取り組むよりも、産官学で連携したり、ベンチャー起業が保有する尖った技術と大企業のリソースを掛け合わせたりといった、組織の枠にとらわれないプロジェクトの方がイノベーションを実現しやすいということ。1社ではできないことを、複数の力を合わせて実現しようという発想・スタンスが重要になっています。
ここまでご紹介したように、イノベーションの成功企業は、新たな価値を育むための組織風土や制度があり、戦略的にマネジメントや従業員の育成を行っています。つまり、イノベーションの創出と採用をはじめとした人事業務は密接に関係しており、事業戦略にイノベーションを掲げるのであれば、当然、人事戦略でも中核に位置付けられるべきものなのです。
実際にその動きは加速しており、例えば、「イノベーター採用」と銘打った従来の採用基準に捉われない採用を実施する企業もあります。これは、既存社員にない発想・経験・ノウハウを持つ人にイノベーションの担い手になってもらうことが目的であるだけでなく、異能・異質の人材を組織に迎え入れることで変化の兆しをつくることを目的としています。
採用だけでなく、勤務時間の一定割合を通常業務以外の取組みに使える制度や、社内で出来ない経験から学ぶことを目的に副業を解禁するなど、人事領域からさまざまな支援策が生まれています。イノベーションといえば漠然と事業開発や商品開発部門の話題のように聞こえるかもしれませんが、人事にとっても決して他人事ではなく、積極的に貢献できるテーマだと考えると良いでしょう。