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監修者
杜若経営法律事務所所属。経営法曹会議会員。中央大学法学部卒、慶應義塾大学法科大学院中退。 主に使用者側の人事労務案件(解雇案件、労災民事案件、ハラスメント案件、残業代請求案件等)の法律相談、団体交渉、訴訟、労働審判等を取り扱う。
「試用期間」とは、企業が採用した人に対して従業員としての適性の有無を見極めるための期間のこと。法律的には「解約権留保付雇用契約」という契約になります。選考期間だけで企業が期待しているパフォーマンスをあげられるか、自社の風土に馴染めるかを見極めることはなかなか難しく、実際に業務に携わってもらうことでお互いに適性を確認しあう期間ともいえるでしょう。試用期間は必ずしも設けなければならないというものではありません。試用期間の長さは3カ月~6カ月程度で設定している企業が多いです。1カ月、2カ月は逆に適格性判断には短すぎるため、ほとんどありません。
労働契約書や雇用契約書に明記し、労働者に通知したうえでなら、試用期間と本採用後で、給与・休日・勤務時間などの雇用条件を変えることができます。変更の例としては、給与額(本採用後に金額アップ)、家族手当など手当の支払い(試用期間中は無し、本採用後は有り)、雇用形態(試用期間中は契約社員、本採用後は正社員)などが考えられます。試用期間と本採用後をすべて同じ条件で設定している企業もあります。
試用期間中は、「解約権留保付雇用契約」となります。つまり試用期間中は企業と労働者間に労働契約が成立していますが、企業側が労働契約の解約権を留保している契約となります。ただし本採用と同様、単に「企業の風土と合わない」など客観的な合理性のない漠然とした理由や、欠勤が一日あっただけで勤怠不良とみなすなど、社会通念上、正当と認められない理由で、一方的に解雇することはできません。
では、どのような理由ならば、解雇が有効とされるのか。裁判事例と合わせてご紹介します。
【事例①】
ある企業は、試用期間を6ヶ月と定めた新卒採用者を入社後5ヶ月経過時点で解雇しました。
当該新卒採用者には、次のような事実関係が認められました。①入社当初の全体研修において、本人や周囲の者の身体や安全に対する危険を有する行為を3件行い、指導員から注意を受けた、②研修日誌の提出期限を守れないことが多かった、③時間意識に薄く門限を破るとか消灯時間を守れないことが複数あり、寝坊して研修を受講できなかったこともあった、④指導員から、パーツ表の確認不足、睡眠不足、集中力欠如を何度も指摘されていた。
裁判所は、繰り返し行われた指導による改善の程度が期待を下回るだけでなく、睡眠不足については改善とはいえない状況であるなど「研修に臨む姿勢についても疑問を抱かせるものであり、今後指導を継続しても、能力を飛躍的に向上させ、技術社員として必要な程度の能力を身につける見込みも立たなかった」として、企業の行った解雇を有効と認めました。
大阪高判平24.2.10
【事例②】
ある企業は、当該企業が販売する商品の発送業務、商品発表会の案内を全国の顧客にファックス送信する業務を行うことを期待して採用した者を、3ヶ月の試用期間中に勤務状況を理由として解雇しました。
裁判所は、①緊急の業務指示に対し、他に急を要する業務を行っているわけでもないのに、これに速やかに応じない態度を取ったこと、②採用面接時にはパソコンの使用に精通しているなどと述べていたにもかかわらず、パソコンの使用経験のある者にとって困難な作業ではないファックス送信を満足に行うことができなかったこと、③代表取締役の業務指示に応じないことがあったこと、これらの事実関係などを考慮して、企業の行った解雇を有効と認めました。
業務指示に従わない姿勢が顕著であったり(①、③)、採用時に期待された能力からすれば容易に遂行できる業務をできなかったりした(②)ため、試用期間中の解雇が有効と認められた事例です。
東京地判平13.12.
【事例③】
ある企業は、労務管理及び経理業務を行ってもらうために社会保険労務士の資格を有する者を中途採用しましたが、従業員として勤務させることが不適当であることを理由として、1ヶ月の試用期間満了の1日前に、当該中途採用者を解雇しました。
当該中途採用者は、全社員が参加する会議において、必要もないのに突然、当該企業の決算書に誤りがあるとの発言を行っていました。
裁判所は、「組織的配慮を欠いた自己アピール以外の何物でもない」、「従業員としての資質を欠くと判断されてもやむを得ない」、「仮に事前に承知していたら、採用することはない労働者の資質に関わる情報というべきである」などと判示して、企業の行った解雇を有効と認めました。
本事例において、企業による注意や指導が行われた事実は認定されていません。本事例のように、中途採用者の場合、注意指導等がなくとも、採用時に想定していた「従業員としての資質を欠く」といえる具体的な事実がある場合、試用期間中の解雇が有効と認められた事例もあります。
東京高判平28.8.3
【事例④】
ある企業は、経営企画の業務を行うことを期待して採用した中途採用者を、勤務態度不良等を理由として採用後2ヶ月(試用期間6ヶ月)で解雇しました。
裁判所は、①上司の指導・指示に従わず、また上司の了解を得ることなく独断で行動に出るなど協調性に欠ける点があったこと、②配慮を欠いた言動で取引先や同僚を困惑させるなどの問題点が認められたこと、③当該企業による指導・指示にも従わなかったこと、④これらの問題点に対する本人の認識が不十分で改善の見込みが乏しいと認められること、以上の事実関係などを考慮して、企業の行った解雇を有効と認めました。
本事例において、裁判所は、中途採用者の前述したような問題点は配置転換によって改善されるものではないとして、配置転換を検討しなかったとしても解雇が不相当となることはないとしています。配置転換を検討しなくとも、試用期間中の解雇が有効となった事例です。
東京地判平28.9.21
試用期間中の解雇手続き・手順についてご説明します。
就業規則に解雇事由を明記することが定められていますので、今回の解雇理由が自社の就業規則に記載されている解雇事由に該当するか確認しましょう。
試用期間中の解雇にあたっては、採用からの期間の長さによって解雇予告が必要な場合と、不要な場合があります。
試用開始から14日を過ぎて解雇する場合は、30日以前に解雇予告をする必要があります。解雇予告をしない場合は、解雇予告手当に相当する金額を支払う必要があります。
試用開始から14日以内の場合は、解雇予告は不要です。ただし短期間で解雇する場合は勤務態度などが不良と判断しても、期間的に短くまだまだ改善の余地があると考えられるケースが多く、理由の正当性が問われます。
解雇予告は口頭でも有効ですが、口約束では後々トラブルの原因となりますので、解雇する日と具体的理由を明記した「解雇通知書」を作成することが望ましいです。
出典:東京労働局「様式集」
選考に時間をかけてお互いを理解した結果、入社し活躍してほしいと選んだ人材ですので、できれば試用期間中の解雇は避けたいものです。解雇以外の方法を検討してみてはいかがでしょうか。
従来の試用期間では適性の判断が難しい等の合理的な理由があり、また試用期間を延長する場合がある旨を就業規則や労働契約書に記載してあれば、試用期間を延長することが可能です。もっとも、試用期間が長いと従業員を長期間にわたって不確実な(留保された解約権をいつ行使されるかわからない)地位に置くことになるため、延長期間は、当該従業員の適格性判断のために必要最小限の期間とすべきでしょう。
就業規則等に配置転換の根拠規定があり、社内の人員状況なども踏まえ、本人に適していると思われる業務が他にある場合、当該業務への配置転換を行うことも考えられます。