転職活動の末、晴れて志望企業から内定を獲得。ところが、現職の企業との退職交渉が難航するケースがあります。会社から引き止められないようにする方法、引き止められた場合の対処法などについて、人事コンサルティングSeguros 代表コンサルタント粟野友樹氏がアドバイスします。
目次
会社が退職希望者を引き止める理由とは
「退職したい」と申し出ると、多くの場合は会社から引き止められます。しかし、引き止める側の理由や思いはさまざまです。例えば、次のような事情から引き止めを行うケースが考えられます。
1.会社にデメリットがある
社員の数が減れば、組織として「戦力ダウン」となります。また、残っている社員の負荷が高まり、それを是正するために組織作体制から見直さなければならないことにもなります。場合によっては、新たに採用・育成を行う必要もあり、そこには労力もコストもかかります。
また、退職者が出たことで、残された社員のモチベーションにもマイナス影響が及ぶことが懸念されます。
2.上司にデメリットがある
直属の上司としては、部下の退職により、人事評価でマイナス査定につながることを気にします。また、メンバーが欠けることでチーム編成の見直しや、担当業務の振り直しといった時間とパワーもかかります。
あるいは、その部下への思い入れが強い場合は、「期待をかけて育ててきたのに」という落胆から、感情的に引き止めにかかるケースもあります。
3.社員の将来・可能性
その人の今後のキャリアを想定し、「この会社でもっと経験を積んだほうがいい」と考えて引き止めるケースもあります。特に、一時的な感情や不満によって今の職場から逃げ出そうとしているような退職であれば、冷静に考え直すことを勧めるでしょう。
上司や人事の観点では、担当変更や社内異動などによって、その人の問題を解決できると判断して引き止めるケースもあります。
引き止めにあわない退職準備の進め方
就業規則の確認
引き止められないための大前提は、「就業規則にのっとって退職の手続きをする」ことです。
退職を希望する際、「○カ月前までに会社に退職意思を申し出なければならない」などの規定が、就業規則に明記されている場合もあります。
一般的には、社内の承認、業務の引き継ぎ、有給休暇の消化などの期間を要することを踏まえ、退職希望日の1カ月半~2カ月前には申し出るのが望ましいでしょう。
引継ぎ準備
「後任者をすぐに配属できない」など、業務の引き継ぎの問題を理由に引き止められるケースも多々あります。これを防ぐためには、転職活動をしながら、できるかぎり引き継ぎの準備を進めておくといいでしょう。
「業務の流れ」「業務に使用する文書・資料」「顧客・取引先・関連部署の担当者などのリスト」などを整理しておくことも必要です。後任者がスムーズに引き継げる準備を済ませておくことで、上司は安心するとともに、退職への「覚悟」を感じて、強く引き止められることはないかもしれません。
引き止めにあわないタイミングと退職交渉のポイント
退職を切り出すタイミング
先に触れたとおり、多くの企業では、退職を申し出る時期が就業規則で定められています。その期日までに退職意思を伝えてください。「引継ぎに時間がかかりそう」あるいは「有給休暇を消化したい」などの事情があれば、余裕を持って退職準備にとりかかれるよう、早めに伝えましょう。
一般的な退職を伝えるタイミングの目安は、退職希望日の1カ月半~2カ月前です。なるべくなら、チームや同僚にかける負担を最小限に抑えられるタイミングを狙って退職するのが望ましいと言えます。例えば、「担当プロジェクトが一段落した時期」「繁忙期以外」など。タイミングを見計らうことで、強い引き止めにあう可能性が低くなるでしょう。
納得度の高い退職理由の伝え方
退職意思を申し出た際には、多くの場合「なぜ辞めたいのか」と聞かれます。退職を決意した理由がネガティブなものだったとしても、そのまま不満をぶつけることは避けましょう。「その不満を解消してあげれば、会社に残るのか」と思われ、引き止めにつながる可能性があります。
転職に踏み切ったきっかけは不満であっても、転職活動をするうちに新たな目標が見えてくるもの。それを退職理由として伝えてください。「こんなことにチャレンジしたい」「こんな経験を積みたい」「この分野のスペシャリストを目指したい」など、今後の目標やキャリアビジョンを語りましょう。
「それは確かに、うちの会社にいたのではできないね」と納得を得れば、強く引き止められることもなく、むしろ応援してもらえるかもしれません。
引き止めされても揺るがない心構え
上下関係が厳しい組織になじんでいる人は、退職についても「上司から許可をもらう」感覚になってしまうことがあります。しかし、人生に関わる転職を選択する権利は自分自身にあり、上司に認めてもらえなければできないものではありません。「許可してもらう」ではなく「退職までの段取りを相談する」というスタンスで退職交渉に臨みましょう。
また、「辞めようかと思っている」など、あいまいな伝え方をすると、「説得すれば退職を思いとどまりそうだ」と思われ、強く引き止められる可能性があります。「決意が固まっている」姿勢を見せることが大切です。
【ケース別】円満に退職できる引き止め対処法
企業によって「引き止め方」のパターンはさまざま。よくあるケースごとに、どのように対処するとよいかをお伝えします。
CASE1:給料や残業時間など、待遇の改善を打診する引き止め
「給与を上げる」「残業を減らす」など、待遇や環境の改善を挙げて引き止められた場合は、その「実現可能性」を考えてみてください。上司が努力しようとしたとしても、社内調整が必要となり、最終的に実現できない可能性も高いと言えます。
また、実際に給与が上がったり残業が減ったりしたとして、「本当にその仕事を続けたいのか」を見つめ直すことも大切です。本当に転職したい理由はどこにあるのか、本来の目的に立ち返ってみましょう。
CASE2:「今辞められると困る」など、情に訴える引き止め
「君に辞められると困る」「ここまで育ててくれた会社に対して恩義を感じないのか」など、情に訴えて引き止めようとするケースも見られます。くれぐれもその場で情に流されないように、迷ったとしても「考える時間をください」と伝え、時間を置きましょう。
そして、今の会社への恩義や人間関係と、自身が転職によって実現したいこと、どちらが大切なのか、冷静に考えてみてください。
また、「どうしても君が必要だ」などと言われて心が揺らいだときは、その言葉の真意を見つめてみましょう。本当に必要とされていて、自身がそのことにやりがいを感じられるなら、とどまる選択肢もあるでしょう。しかし実際には、上司の中に、自身の評価が下がったり業務負担が増したりすることを避けたいという本音が潜んでいることもあります。
CASE3:転職するリスクで不安を誘導する引き止め
「その程度の経験・スキルで転職しても、苦労するだけだよ」「後悔することになるんじゃないか」など、不安をあおって引き止めようとするケースもあります。しかし、上司は、転職先の企業や仕事のことをよく知っているわけではないはずです。
一方、自身は転職先企業を研究し、面接で社員に会って対話し、現職と比較検討した上で入社を決意したはずです。「そういう意見もあるんだな」程度に受け止め、自身の本来の転職目的を見据えておきましょう。
CASE4:期間を指定する引き止め
「引き継ぐ後任者をすぐに手配できないから、もうしばらく会社にいてくれ」と、退職時期の引き延ばしを請われることもあります。この場合、「上司や同僚に迷惑をかけて申し訳ない」と思いがちですが、後任者の選定や採用は組織が対応すべきことであり、個人が担うものではありません。
就業規則に基づいて退職意思を告げたのであれば、希望期日に退職する権利があります。その期間内に最大限できる引き継ぎをするべきですが、退職時期の延期にまで応じる必要はありません。
転職先企業に、約束した期日に入社できないとなると、新しい会社との信頼関係を損ねる可能性があり、最悪の場合、内定取り消しとなるケースもあります。退職時期について、現職の企業が望むまま安易に応じないよう、注意が必要です。
CASE5:辞める理由の改善策を提示された
「希望の部署に異動させるから」。そのような説得によって引き止められた場合は、先ほどの「待遇改善」と同様、「実現可能性」に目を向けてみましょう。受け入れ先の部署にも都合がありますので、調整がうまく運ばないことも多々あります。
異動できたとしても、本当にやりたかった仕事や働き方が叶うとも限りません。また、どの部署に行ったとしても、「会社を辞めようとした人」という視線がつきまとい、気まずい空気を感じることもあるようです。異動を実現できたとして、根本的な課題が解決できるのかどうかを考えてみましょう。
【Q&A】強引な引き止めにあった場合の対処法
Q.「君が辞めると顧客や会社に損害を与える」と脅された。どうすればいい?
顧客への対応は会社がすべきこと。あなた個人が責任を負うことではありませんので、気に病む必要はありません。自身の今後の目標のために退職を決断したのであれば、脅しに屈せず、退職準備を進めましょう。
このような会社は、退職願をなかなか受理してくれないこともあります。しかし、民法上では退職意思を表示してから2週間が経過すれば、いつでも辞めることができるので、退職が認められないからといってとどまる必要はありません。
Q.上司が話を聞いてくれない。このままではいつまでたっても退職できない。
上司は、あなたがあきらめるのを待つ戦略なのかもしれません。この場合、その上の上司、あるいは人事担当者に直接話をしてください。
また、上記のとおり、退職希望日の2週間前までに退職意思を表示すれば、会社の許諾に関わらず退職できることが、民法で定められています。
上司がとりあってくれなくても、「退職の相談をしたい」という主旨のメールを送った履歴などを残しておき、それをもとに人事と退職交渉を進めましょう。
退職届を内容証明郵便で送付する方法もあります。
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組織人事コンサルティングSeguros 代表コンサルタント 粟野友樹氏
約500名の転職成功を実現してきたキャリアアドバイザー経験と、複数企業での採用人事経験をもとに、個人の転職支援や企業の採用支援コンサルを行っている。