転職先の企業から内定を得た際、健康診断書の提出を求められることがあります。「いつまでにどんな準備をすればいいのかわからない」と悩む人もいれば、「健康診断の結果が内定合否に影響するのではないか」と不安を感じる人もいるでしょう。今回は、特定社会保険労務士の原祐美子氏に、転職時の健康診断で知っておきたいポイントを教えてもらいました。健康診断の結果が内定に影響するかどうかも解説します。
転職時の健康診断はなぜ必要?いつ準備すればいい?
転職先が健康診断を求める理由
転職先の企業が内定時に健康診断書の提出を求める理由は、「雇入れ時健康診断」を行うことが法律で義務付けられているためです。労働安全衛生規則第43条により、「事業者には、『常時使用する労働者』に対し、医師による健康診断を行うこと」が義務付けられています。
一方、特定の職種における職業適性を判断するために、健康診断を求めるケースもあります。例として、バスやタクシー、運送などでドライバー業務を担当する職種が挙げられます。運転中に意識障害などの健康面のトラブルが発生した場合、重大な事故につながりかねないため、「安全に業務を遂行できるか」という観点から、健康診断の結果を基に身体的な適性を判断します。
内定後は、なるべく早く健康診断を受けよう
「雇入れ時健康診断」として健康診断書の提出を求められるタイミングは、一般的に、内定を得た後から入社前までの期間であることがほとんどでしょう。企業から指定の医療機関での受診を求められるケースもあれば、自分で医療機関を探して受診するケースもあります。
自分で受診する場合は、検査項目を満たす健康診断を行っている医療機関を探さなくてはなりませんし、受診に予約が必要だったり、健康診断書が手元に届くまで時間が掛かったりする可能性もあります。内定を得たら、なるべく早く健康診断を受ける準備をした方がいいでしょう。
また、健康診断書の有効期限は3カ月のため、期限内のもの以外は無効となるので注意しましょう。前職で期限内に健康診断を受け、手元に診断書がある場合は、それを提出するのみでも問題ありません。ただし、必要な検査項目をカバーしていることが必要なので、以降で紹介する「必須となっている検査項目」を満たしているかどうかを確認しておきましょう。
「職業適性を判断するための健康診断」の場合は?
職業適性の判断材料とする場合は、採用選考の過程で健康診断書の提出を求められるケースと、内定後に企業が指定した医療機関で受診するケースがあります。業務への適性の確認に必要な検査を受けることが求められるため、企業や職種によって検査項目は異なります。自分で受診することが必要な場合は、受診できる機関や検査項目、費用などの詳細について、企業の担当者に確認しましょう。
転職時の「雇入れ時健康診断」はどこで受診できる?費用・期間、必須の検査項目は?
ここでは、「雇入れ時健康診断」の受診に向けて、把握しておきたいことを紹介します。
健康診断を受けられる場所は?
転職先の企業から受診先の医療機関を指定されている場合は、指示に従いましょう。自分で受診しに行く場合は、法定の「雇入れ時健康診断」を受け付けている医療機関で受診することができます。
健康診断には、「雇入れ時健康診断」以外のものもあり、検査項目が違う可能性があるので、間違えないように注意しましょう。自分で医療機関を探す場合には、法定の「雇入れ時健康診断」を実施しているかどうかを確認することが大事です。予約を入れる際にも、「雇入れ時健康診断を受けたい」と伝えれば、そのほかの健康診断と混同されることなく、受診から必要書類の準備までがスムーズになるでしょう。
健康診断に掛かる費用・期間は?
健康診断に掛かる費用は、医療機関によってまちまちですが、一般的には、「1万円前後」です。保険適用外のため、受診時に保険証を持参する必要はありません。企業が指定する医療機関以外で受診する場合も、後日、領収書を提出して清算し、企業が費用を負担するケースが多いので、転職先の担当者に確認してみましょう。
また、受診してから健康診断書が発行されるまでの期間は、「1週間前後」が一般的ですが、自分で受診しに行く場合は、余裕を持って予約することをお勧めします。保健所の場合は健康診断の実施日程が決まっていることが多く、また、医療機関によっては健康診断を行う曜日が決まっていたりすることもあるので、希望の日程ですぐに受診ができるとは限りません。あらかじめ実施日程や健康診断書が発行されるまでの期間を確認しておくと安心できるでしょう。
必須となっている検査項目
労働安全衛生規則(第43条)で定められている「雇入れ時健康診断」において、必須となっている検査項目を紹介します。
<「雇入れ時健康診断」の検査項目>
- 既往歴(過去の病気や手術、治療について)および業務歴の調査
- 自覚症状や他覚症状の有無
- 身長、体重、腹囲、視力、聴力
- 胸部エックス線検査
- 血圧測定
- 尿検査(尿中の糖および蛋白の有無)
- 貧血検査(赤血球数、血色素量)
- 肝機能検査(GOT、GPT、γ-GTP)
- 血中糖質検査(LDLコレステロール、HDLコレステロール、トリグリセライド)
- 血糖検査
- 心電図検査
「雇入れ時健康診断」として、新たに健康診断を受診する場合は、これらの検査項目をすべて満たしている健康診断書を発行してもらえます。前職で受けた健康診断書を提出する場合は、検査項目に漏れがないかを確認しましょう。漏れがあった場合は、新規の受診が必要となります。
転職時の健康診断の結果は、内定合否に影響する?
「健康診断の結果が、内定取消しにつながる可能性はあるのだろうか」と不安に思う人もいるでしょう。ここでは、健康診断による内定合否への影響について解説します。
健康診断の結果は内定合否に影響する?
「雇入れ時健康診断」の結果は、内定取消しなどには影響しないとされています。企業が「雇入れ時健康診断」を行うのは、「採用選考に利用するため」ではなく、「常時雇用する労働者を雇い入れた際に、適正配置や健康状態を管理する義務を果たすため」だと考えましょう。
また、厚生労働省が掲げる「公正な採用選考を行うための基本」において、採用選考時に配慮すべき事項の一つとして、「合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断を実施すること」が挙げられています。応募者の適性と能力を判断する上で、必要のない事項を把握するための健康診断は、「公正な採用選考」に反するものとなります。
「職業適性能力」の観点から採用を見送るケースもある
「雇入れ時健康診断」ではなく、特定の職業における適性を判断するために健康診断を行う場合は、その結果によって採用を見送るケースもあります。企業には、労働契約法第5条によって、「労働者の安全配慮義務」が課されているため、それを果たすためにも必要な検査項目を実施していると考えましょう。
先に挙げたドライバー関連の職種以外にも、食品製造に携わる職種で、「扱う食品や原材料に対するアレルギー検査」を求められたりすることもあります。また、航空機に乗務する職種では、「平衡感覚の正常性を確認する検査」を行ったり、要介護者の身体介助を行う介護職では、「腰痛などの健康状態」を確認したり、それぞれの業務を安全に遂行できるかどうかを判断する材料としています。
既往歴や持病も正直に伝えた方がいい?
企業によっては、法定の雇入れ健康診断の検査項目以外に、「健康に関する告知書」の提出を求めるケースがあります。先に述べた通り、労働契約法第5条によって、企業は労働者を雇用するうえで、安全衛生管理体制を確保する義務があるため、安全な労働環境の確保・労働者に快適な環境を提供しなくてはなりません。そのため、採用時や内定前に、既往歴、持病、常用している薬などを確認し、「業務遂行に適性があるかどうか=労働者の安全を守ることができるか」を判断する材料としています。また、このような告知書や特定の健康診断を求めることは、企業の「採用の自由」として、憲法、民法といった法律に根拠をもつ、法的に認められた権利でもあります。
こうした告知書への回答は任意であり、義務ではありません。しかし、自分の健康を守るためにも、書ける範囲で書いておく方がいいでしょう。無理のない働き方ができるように、配属先や勤務形態などについて配慮してくれるケースもありますし、「持病があり、通院や治療のために定期的に休むことが必要」という場合は、双方にとって、あらかじめ相談しておくことが大事です。採用は、企業と応募者、双方の信頼関係によって成り立つものでもあります。応募者が自身の健康状態を正しく伝え、企業にきちんと検討してもらい、その上で採用を決定してもらうことで、入社後も不安なく働き続けていくことができるはずです。