「人間関係が悪い」「休みがない」「給与が安い」……。そんなネガティブな理由で仕事を辞めたい人の中には、「この転職は『逃げ』では?」「『逃げの転職』は失敗するのでは?」と悩むケースもあるでしょう。「逃げの転職」をするべきか悩んだときの判断基準、転職して後悔しないための確認点、転職を成功させる秘訣について、組織人事コンサルティングSeguros 代表コンサルタントの粟野友樹氏に聞きました。
「逃げの転職」は甘え? 逃げるが勝ち?
「自分が転職したいのは逃げではないか?」と悩む人は、「逃げの転職」への罪悪感に囚われて、冷静な判断ができなくなっている場合もあります。「逃げの転職」の考え方と、転職するかどうかの判断基準を解説します。
環境を変えたい気持ちは甘えではない
結論を言うと、「逃げの転職」をすることは何の問題もありません。
理由の1つは、「逃げる」という言葉の捉え方が、視点によって変わるからです。上司や会社の視点であれば「嫌なことから逃げるのか?」という見方になりがちでしょう。しかし、「自身のキャリア」や、「人生における幸せ」という視点で捉えれば、環境を変えることは逃げではありません。逃げの転職へのためらいが強い人は、自分よりも他者の視点を気にしすぎているのかもしれません。
もう1つは、ほとんどの人の場合、転職を考えるきっかけは、辛さや物足りなさといった負の感情だからです。きっかけはネガティブでも、転職先で希望する環境を手に入れて幸せになれるのなら、それは逃げではなく、立派なキャリア形成の手段だと言えます。
とは言え、真面目な人ほど「乗り越えなければ」と考えがちなのは事実です。その場合は第三者に、悩んでいる気持ちを打ち明けることをおすすめします。転職を前提とする相談でなければ上司や同僚でもいいでしょう。状況を整理し、自分を客観視できれば、次の行動を考える余裕が生まれるでしょう。
逃げの転職のリスクとは
ただ、逃げの転職にはリスクもあります。これまでの振り返りや、転職目的の整理が十分でなかったために、何度も転職を繰り返し、自身の市場価値を下げてしまうことです。そうした状況になりやすい人には2つのタイプがあります。
他責思考が強すぎるタイプ
「会社がダメ」「商品に魅力がない」「評価制度が酷い」などの、不満解消だけを目的にすると、転職活動はなかなかうまくいきません。うまく転職できたとしても、新しい会社で同様の不平不満を抱き、転職を繰り返す傾向があります。
自責思考が強すぎるタイプ
「逃げた自分が悪い」と自己肯定感が低くなると、面接でも力を発揮できず、希望の転職ができないことがあります。転職できたとしても、自信のなさゆえに転職先で力を発揮できず、挫折を感じて転職を繰り返す可能性もあります。
リスクを避けるには、前職の状況と自身の反省点の両方を整理し、「自分がより一層活躍できる新たな環境」を求めて転職に向き合うことが大切です。
逃げの転職をしてもいい?
「逃げの転職」に踏み切るかどうかは、「会社から逃げることでしか解決できない問題か」が1つの判断基準になります。
逃げの転職をしてもいい場合
- 激務やハラスメントが原因で、このまま働き続けていると心身の健康を害しそうな場合。病気になってしまう前に、まず逃げることを考えましょう。
- 明らかにブラック企業である場合。常識外れの長時間労働や低賃金、また、給与の不払いなどから経営難が考えられる場合は、迷わず転職を考えましょう。
- 今の会社を辞めてやりたいことがあり、目指すキャリアが明確な場合。それが現職で実現できないことであれば、転職に踏み切っても良いでしょう。
逃げの転職をしない方がいい場合
- 逃げ出したいと思う理由を、今の会社で改善できる余地がある場合。まずは自分のできる範囲で行動を起こすことをおすすめします。
- 会社を辞めて何をしたいか、どんなキャリアを歩みたいか分からない場合。それが明確でないと、転職活動がうまくいかない可能性が高いでしょう。
- 「理不尽な扱いを受けた」など、突発的な不満が原因の場合。一時の感情に任せて転職することにはリスクがあります。まずは状況を客観視することを心掛けましょう。
転職して後悔しないために確認したいこと
上述のように安易な「逃げの転職」にはリスクがあります。勢いで転職して後悔しないために、まず現職で考えたいことを紹介しましょう。
今の会社でどうしても改善できない不満か
現状から逃げたい理由は、どうしても現職で改善できないことでしょうか?例えば人間関係の問題なら、自身の対応を変える、相手と話し合う、チーム変更や異動を願い出る、周囲の人を巻き込むなどの改善策が考えられます。給与への不満も「どのようなスキルを身につければ昇給が望めるか」を上司や人事に相談し、努力することで状況を変えられるかもしれません。
今の会社で成長できる余地はないのか
「今の会社で成長できる余地はないのか」「学べることはないか」を考えてはいかがでしょうか。「キャリアパスが限定されている」「仕事がルーティンでレベルが低い」という状況があったとしても、自ら目標設定を高くする、昇進を目指す、ロールモデルを見つける、社外の人から学ぶなど、成長の手段は色々あります。転職にはチャンスがある半面、望む転職が叶わないリスクもあります。現職で継続して経験を積める環境があるなら、それを活かすことも視野に入れましょう。
やりたいことや叶えたい働き方があるか
現状への不満や不安は言葉にできても「では、あなたは何を叶えたいのですか?」と質問をしたときに、具体的な答えがない人は少なくありません。潜在的に希望はあっても、言語化できていないケースもあるでしょう。まずは自身のキャリアの棚卸しや自己分析を通じて、「やりたいこと」「叶えたい働き方」を明確にしましょう。それらを言語化しておいた方が、理想に近い転職先を探しやすく、転職満足度も高くなると思います。
環境から逃げたかった2つの転職事例
現状から逃げる選択をしようとした、2人の若手会社員の転職事例をご紹介しましょう。
1)体育会で鍛えた根性に誇りを持っていたSさん
Sさんが勤務していた会社の営業は、非常にハードでした。毎日数百件の電話がけに飛び込み訪問。事務所には売上ランキング表が貼り出されており、成績優秀者は称えられ、成績不振者は容赦ない叱責を浴びせられていたそうです。Sさんの売上成績は常に中の上。あと少し頑張れば、「上位者表彰」も射程圏内でしたが、彼にはためらいがありました。今以上の成績を挙げようとすると、多少強引な手段も使わざるを得なかったからです。
強引な営業手法も是とする上司に不信感を抱き、辞めることも考えましが、先に辞めた人を同僚たちが、「アイツは逃げた」と囁くのを耳にし、思いとどまっていました。中学〜大学まで体育会系クラブで根性を鍛えたという自負があったSさんは、ギブアップすること、ギブアップしたと人に思われることは、プライドが許さなかったのです。
しかし、顧客の利益にならない契約で売上を挙げる人が評価され、昇給・昇格していくことにどうしても納得がいかず、ついに退職を決意。異業種の営業職に転職した今は、顧客から「ありがとう」と感謝されることにやりがいを感じ、イキイキと活躍しています。
2)上司との関係がうまくいっていなかったMさん
Mさんは希望の仕事に就いたものの、上司との人間関係に悩み、転職活動を開始しました。
しかし、Mさんの抱えていた本当の転職理由は、自分が提案する企画がなかなか通らず、自信をなくしていたことでした。何の成果もなく辞めて、「能力がなく音を上げた」と思われるのを恐れたのでしょう。そこで無意識のうちに「上司との相性が悪く、自分の実力を認めてもらえない」と、転職動機をすり替えていました。
キャリアアドバイザーは、Mさんの本音が見えてきた時点で「わずか1年で成果を挙げられる人の方が少ないですよ」という言葉をかけました。するとMさんは「確かに自分は甘かったかもしれない。上司を納得させる企画ができるまで、踏ん張ってみます」と、元の職場に帰っていきました。
自分自身の「納得感」が物差しになる
「この転職は逃げと見られる」と思う心の裏側には、「自分は甘いのでは」という気持ちが隠れていることもあります。そこでなぜ甘いと思うのか、理由を深掘りすることも大切です。「努力が足りない」と気付いたら、納得できるまで現職で頑張る選択肢もあるでしょう。
しかし、他人の目線に合わせて判断しているだけなら、少し損かもしれません。努力や情熱を何に向けるかは各人の自由。人にどう思われようと、自分自身が納得して下した決断なら、きっといい方向に向かうことでしょう。
転職を成功させるためのポイント
「逃げの転職」をする場合、転職する理由を自分の中でどう整理し、どのように企業に伝えれば良いのでしょうか。転職を成功させるための転職理由のまとめかたを解説します。
退職理由と転職理由は別と考える
転職活動では、転職の目的=「転職理由」を明確にしておくことが非常に重要。転職先選びの軸となるだけでなく、面接でも必ずと言っていいほど質問されます。知っておいて欲しいのは「会社から逃げたい」と思ったネガティブなきっかけは「退職理由」であり、「転職理由」とは少し違うということです。
- 「退職理由」……退職を決意したきっかけや理由(過去のこと)
- 「転職理由」……退職理由を受けて、転職によって実現したいこと(未来のこと)
転職のきっかけとなった「人間関係が辛い」「ノルマがきつい」などの理由は「退職理由」であり、それを受けて転職先に望むこと、実現したいことが「転職理由」となります。
ポジティブな転職理由に変換する
自分の中にある「転職理由」を明らかにするには、不満や不安の背景を考えることがポイントです。例えば「給与が安い」ことの背景には、「年功序列の人事制度で成果が報酬に反映されない」という問題があるかもしれません。自分の不満を深掘りした上で、「どのような状況になれば解消できるか」を考えると、転職で実現したいことが明確になります。それによって、ネガティブな退職理由を、ポジティブな転職理由に変換することができるでしょう。
- 「休みが取れない」→「メリハリのある働き方でパフォーマンスを上げたい」
- 「給与が少ない」→「成果が反映される評価制度の下でモチベーションアップしたい」
- 「上司のパワハラ」→「風通しの良い職場で、能力を最大限に発揮して働きたい」
面接では2:8の割合で伝える
面接で応募企業に転職理由を伝えるときは、「退職理由:2割」+「転職理由:8割」を意識して構成するのがおすすめです。
多くの求職者が、何かしらの不満をきっかけとして転職に踏み切ることは、企業側もよく知っています。ですから「マイナス印象を持たれたくない」と退職理由を隠すと、逆に説得力がなくなり、採用担当者も求職者が自社にマッチする人材かを判断しにくくなります。退職のきっかけとなった理由は、「現職では残業が月に○○時間……」「若手の発想を汲まない社風で……」など、事実ベースで2割程度にまとめ、残りの8割を「転職で実現したいこと」でまとめると良いでしょう。
逃げの転職を繰り返さないためには
辛い状況から逃げ出したのに、次の会社でまた辛くなることを避けるには、転職活動で「この会社では自分のしたい働き方ができるか」をしっかり判断する必要があります。そのためには現状への不満を整理し、転職する目的を言語化することが大切です。
そうした場合、転職エージェントに相談するのもおすすめです。転職エージェントでは、採用する企業側の目線で、説得力のある転職理由・転職目的の整理をお手伝いすることができます。また、「逃げの転職」に悩む求職者に寄り添い、気持ちの切り替え方のアドバイスや、類似の転職事例の紹介などを通じて、ポジティブに転職活動に取り組めるようサポートしてくれるでしょう。
組織人事コンサルティングSeguros 代表コンサルタント 粟野友樹氏
約500名の転職成功を実現してきたキャリアアドバイザー経験と、複数企業での採用人事経験をもとに、個人の転職支援や企業の採用支援コンサルを行っている。