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ハインリッヒの法則とは
ハインリッヒの法則とは、労働災害における経験則の一つで、「1:29:300の法則」「ヒヤリハットの法則」とも呼ばれます。「同じ人間が起こした330件の災害のうち、1件は重い災害(死亡や手足の切断等の大事故のみではない)があったとすると、29回の軽傷(応急手当だけですむかすり傷)、傷害のない事故(傷害や物損の可能性があるもの)を300回起こしている」というものです。この300回の「ヒヤリ」「ハット」するような無傷害事故の背後には、数千の不安全行動や不安全状態があることも指摘しています。
この法則を導き出したのは、アメリカの損害保険会社の安全技師であったハーバート・ウィリアム・ハインリッヒで、1929年に出版した論文の中で発表されました。そのため「ハインリッヒの法則」と呼ばれ、災害防止のバイブルとなっています。
似ている法則のバードの法則とは?
ハインリッヒの法則と似た法則に「バードの法則」があります。ハインリッヒの法則は「1:29:300」の比率ですが、バードの法則では「1:10:30:600」の比率が用いられます。重症または廃疾を伴う災害が起こる割合が1に対して、軽い損害を伴う災害が起こる割合が10、物損のみの事故が30、障害も損害もない事故(ヒヤリハット事故)が600になるという分析結果です。ハインリッヒの法則が提唱された40年後の1969年に、Frank E.Bird Jr.氏が297社の175万件の事故報告を分析した結果、この比率を導き出しています。
ヒヤリハットの事例
職場ではどのようなヒヤリハットが起こりうるでしょうか。厚生労働省の「ヒヤリ・ハット事例(全412件/令和3年5月11日時点)」によると最も多いのが「墜落・転落(76件)」。具体的には「トラックに荷物を積込み作業中、荷台から転落しそうになった」「脚立の上で電球交換作業中、バランスを崩した」「メモを取りながら歩いて、階段を踏み外した」など、高いところからの転落事例が挙げられています。
続いて多いのが「飛来・落下(48件)」と「転倒(48件)」。具体的に「飛来・落下」は、「立て掛けたまな板が倒れ、指がはさまれそうになった」「二階から工具を落とし、下の作業者に当たりそうになった」など、「転倒」は「濡れた床で足が滑り転倒しそうになった」「アーク溶接コードに足を引っかけ転倒しそうになった」など。
その後が、「はさまれ・巻き込まれ(44件)」「激突され(32件)」「交通事故(25件)」「有害物との接触(24件)」「切れ・こすれ(21件)」「感電・火災(20件)」「崩壊・倒壊(20件)」と続いています。
出典:厚生労働省 職場のあんぜんサイト「ヒヤリ・ハット事例」
こうしたヒヤリハットは、職場だけで起きるものではありません。コードに足を引っ掛ける、凍結した路面や濡れた床で転びそうになる、階段で足を踏み外す、吸い殻の消し忘れなど、日常生活にもヒヤリハットが多く潜んでいます。
重大なトラブル・事故を防ぐ方法
ハインリッヒの法則とバードの法則では比率が異なりますが、大切なことは比率の数字ではありません。1つのトラブルや事故が発生する背景には、数多くのヒヤリハット事例があり、さらにその背景には数千件の「不安全行動」「不安全状態」があるということです。
厚生労働省では、不安全行動・不安全状態の類型として、以下のような項目を挙げており、労働災害発生原因全体のうち97.6%が、労働者の不安全な行動に起因する労働災害と分析しています。
労働者の不安全行動
- 防護・安全装置を無効にする
- 安全措置の不履行
- 不安全な状態を放置
- 危険な状態を作る
- 機械・装置等の指定外の使用
- 運転中の機械・装置等の掃除、注油、修理、点検等
- 保護具、服装の欠陥
- 危険場所への接近
- その他の不安全な行為
- 運転の失敗(乗物)
- 誤った動作
- その他
機械や物の不安全状態
- 物自体の欠陥
- 防護措置・安全装置の欠陥
- 物の置き方、作業場所の欠陥
- 保護具・服装等の欠陥
- 作業環境の欠陥
- 部外的・自然的不安全な状態
- 作業方法の欠陥
- その他
出典:厚生労働省 職場のあんぜんサイト「安全衛生キーワード『不安全行動』」
大切なことは、ヒヤリハットが起きた時にはそのままにせず、その背景にある不安全行動や不安全状態が何なのかをきちんと分析し、教訓として改善策を立てて実行することが大切です。
不安全行動は、手間や労力、時間、コストを省くことを優先し、つい「これくらいは大丈夫だろう」「面倒くさい」「皆がやっているから」といった考えや、「長年経験しているから大丈夫」「自分が事故を起こすはずがない」といった慣れや過信によって、作業の「あるべき姿」から逸脱し起こることも少なくありません。まずはこうした従業員の意識や心構えを変えていくことが重要ですが、それだけで防止することはできません。
組織として、作業行動の「あるべき姿」である作業手順やマニュアルの明確化、安全教育による徹底に取り組むことが重要になります。また、起きてしまったヒヤリハットに対して、その都度報告書を作成し、原因の分析と対策の検討を行うことが、事故を未然に防ぐ取り組みにつながっていきます。
たとえばヒヤリハット事例で挙げた「アーク溶接コードに足を引っ掛け転倒しそうになった」の場合、原因は「使用したホース類、工器具類をそのまま放置して散乱させていること」で、それを防ぐために「コード・ホース類は床に放置しないで一定の場所に巻いて保管し、必要に応じて引き出して使用するようルール化する」といった対策を立てていきます。
まとめ
製造や建設、運輸、医療、行政など、一歩間違えれば大事故につながりかねない可能性のある業種で注意喚起として活用されてきたハインリッヒの法則ですが、昨今ではより幅広いビジネスにおける危機管理にも活用されています。たとえば、ちょっとした違反やミスコミュニケーションの積み重ねがコンプライアンス違反や重大な不祥事につながります。1件のクレームの裏には、不満を持っていても声をあげていない多くの顧客がいることが想定されます。すべてにおいて大切なことは、予兆となる些細なリスクの芽を見逃さず、それを防ぐための取り組みを地道に行っていくこと。危機管理対策や従業員の意識改革のためにも、ハインリッヒの法則の教訓を活用してみてはいかがでしょうか。