目次
ピグマリオン効果とは
ピグマリオン効果の由来
「ピグマリオン効果」とは、アメリカの教育心理学者であるロバート・ローゼンタールが提唱した教育心理学の用語で、他者からの期待を受けることによって学習成績が向上したり、作業の成果が上がったりする効果を指します。
ピグマリオンとは、ギリシャ神話に登場する王の名前で、王が自ら彫った理想の女性像が人間になることを願って、それが神によって叶えられるという神話から、「相手に対する期待の存在がよい結果につながった」ということが言葉の由来となっています。
別名で提唱者の名前から「ローゼンタール効果」、これを証明するために行った実験内容から「教師期待効果」と呼ばれることもあります。
ピグマリオン効果の実験
ピグマリオン効果を証明するために、ローゼンタールは1963年から1964年にかけて、以下のような実験を行っています。
ネズミの迷路実験
最初の実験は学生のグループに対して1963年に実施されたもので、学生たちは「ネズミを迷路から脱出させる」という課題を与えられました。実際はネズミの個体差がないにもかかわらず、一方の学生グループには「訓練された賢いネズミ」が、もう一方のグループには「賢くないネズミ」が渡された結果、「訓練された賢いネズミ」を渡されたグループのほうが良好な結果を残しました。
ここでは、訓練されたネズミを渡されたグループは、ネズミを丁寧に扱って真面目に実験に取り組み、賢くないネズミを渡されたグループはネズミを粗雑に扱っており、ここから「学生のネズミへの期待値の違いが結果に影響した」と解釈し、同じことが教師と学生の間でも成り立つのではないかと考えられました。
小学校での知能テストによる実験
前の実験結果を受け、1964年にサンフランシスコの小学校で知能テストを通じた実験が行われました。実際の内容は一般的な知能テストでしたが、学級担任には「成績が向上する生徒を抽出するためのテスト」という説明をし、その後テスト結果とは関係なく無作為に選んだ生徒を「成績が向上する優秀な生徒」として指導させたところ、その生徒たちの成績が向上したという結果が得られました。
この実験結果から、学級担任は期待をもって一部の生徒を指導し、対象の生徒も自分が期待されていることを意識してその期待に応えようとしたという二つの要因が成績向上につながったと考え、「相手の期待に応えようとする結果、パフォーマンスの向上が見られる」というピグマリオン効果が確認されたと結論づけています。
参考:伊藤崇達編著『やる気を育む心理学』北樹出版; 改訂版 2010年
ピグマリオン効果をビジネスで活かす具体例
ビジネスの中で、ピグマリオン効果を活かすための取り組みの具体例としては、以下のようなものを挙げることができます。
期待を具体的に示して伝える
まず重要なことは、その人への期待を、必ず具体的な言葉にして伝えることです。態度や雰囲気といったことも必要ですが、言葉として表現しないままで、本心から期待されていると相手に感じさせることは難しいでしょう。サポートしていく意思や励ましを含めて、しっかりと言葉で伝えることが必要と考えられます。
適切な裁量を与える
期待を伝えているにも関わらず、その人の行動に対していちいち指示や命令をしたり、一方的な決定を押しつけたりしていては、相手は本当に期待されているのかという疑問を持ってしまい、成果に結びつける効果が失われてしまう懸念があります。期待を伝えているからには、細かい指示などをせずに、必要な裁量を与えて任せることが必要と考えられます。
能力に応じた達成可能な課題を与える
期待しているからといって、与えた課題が本人の能力を大きく超えるようなものでは、実際に達成することは難しく、結果的に本人が自信を失ってしまうことも懸念されます。相手の能力を見極めながら、目の前の小さな目標達成を積み重ねていくことによって、本人が自信をつけていく効果が期待できます。能力に応じた達成可能な課題を与えていくことは、重要なポイントの一つと考えられます。
組織でピグマリオン効果を活用する方法
前述のピグマリオン効果の注意点を考慮すると、ビジネスの現場においてピグマリオン効果を最大限に高めるためには、次の2つの状態を達成する必要があると考えます。
・管理職に携わる者すべてが、部下の職務遂行能力に対して高い信頼を寄せている
・入社直後の研修など、できるだけ早い時期から社員に対する期待感の醸成に努める
またピグマリオン効果の具体的な方策の例として、次の4つのような方法が考えられます。
1.ポジティブな情報を見つけられる人物を管理職に任命する
部下の評価に際して減点主義ではなく、よい点を見つける習慣がついているような人物を管理職に任命することがおすすめです。このような人物を抜擢すれば、部下に対する期待感が生まれやすくなるだけでなく、無自覚に部下の自尊感情を傷つけてしまうリスクも最小限に抑えることができるでしょう。
※ポジティブフィードバックについては、下記をご参照ください。
ポジティブフィードバックとは?モチベーションを上げる方法を例文と共に紹介!
2.部下のポジティブな情報を管理職に伝える
とはいえ現実問題として、前述のような人物がポジションの数だけ企業にいるとは限りません。そのため、このような管理職に適した人物を積極的に育成する必要があります。そのときに有効と考えられる手段の1つが、新しく配属された部下に関する情報のなかにポジティブな要素を積極的に含めるというものです。これによって管理職の心のなかに、部下に対するポジティブな先入観が生まれることが期待できるでしょう。
3.人事部は選考の段階からポジティブ要素を意識する
前述のように、社員のなかでもピグマリオン効果がもっとも期待できるのは新入社員と考えられます。そして新入社員の場合、最初に接するのは、人事部など採用を担当する部署の人々と想定されるでしょう。したがってピグマリオン効果を高めるためには、採用担当者は選考の段階からポジティブ要素を意識する必要があるともいえます。採用する可能性のある応募者に対し、好印象を受ける点の把握に努め、その点を配属部署の上司にあらかじめ伝えておくこともピグマリオン効果に影響するのではないかと考えられます。もちろん選考の際には、ポジティブ要素だけではなく、ネガティブシュミレーションも必要になるため、適宜使い分けも必要となるでしょう。
参考:DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー編集部編訳『動機づける力―モチベーションの理論と実践』ダイヤモンド社; 新版 2009年
4.同僚同士でも積極的に期待を伝え合う
ここまで管理職による部下への期待を中心としてピグマリオン効果の説明をしてきました。しかし、他者からの期待によるモチベーションの高まりは、非対等な関係に限ったものではありません。上司と部下という関係に限らず、いわゆる同僚と呼ばれる間柄でも、期待や感謝、長所などを伝える場を設けることが有益だと考えられるでしょう。
ピグマリオン効果の注意点
ピグマリオン効果を活用することによるメリットは数多くありますが、その一方で活用方法を誤ると、効果が得られないばかりでなく、かえってマイナスの影響を与えてしまうことも考えられます。ピグマリオン効果を活用する際の注意点について以下で解説します。
過度な期待をしない
期待をするといっても、本人にとって難易度が高く達成が難しいものでは、うまくいかないことで自信を失ったり、達成できたとしても負担が重すぎて継続して成果を上げることが難しくなったりすることが考えられます。過度な期待によって「期待に応えられない」という気持ちを引き起こさないように、本人の能力や性格、これまでの成果の状況などを考慮したうえで、適切な期待値を設定することが重要と考えられます。
必要以上に褒めすぎない
期待を伝えるなかで、本人の行動を褒めることは重要です。しかし、必要以上に褒めすぎてしまうと、現状に満足して取り組みがおろそかになったり、努力をやめてしまったりすることが懸念されます。ピグマリオン効果を高める褒め方としては、具体的な行動など顕在化した対象を褒めること、成果が出たり行動したりした直後のタイミングで行うことなどが必要です。闇雲に何でも褒めるのではなく、褒める対象とタイミングが重要なのです。
課題に取り組む機会を継続して与える
ピグマリオン効果を活用するには、継続して期待をかけることが必要です。また、期待した成果が得られたならば、さらに次の課題を与えて、安易な現状満足に陥らないように導いていくことが重要です。本人が成長を実感できるように、能力や性格に合わせた適切な課題を継続して与えていくことが重要だといえます。
ピグマリオン効果と比較される心理的行動
人間の感情や認知に影響する心理的行動として、ピグマリオン効果と比較されるものには、以下のようなものが挙げられます。
ゴーレム効果
ピグマリオン効果とは逆に、相手に対して期待を寄せていないと、その相手は本来の能力を発揮することができず、結果的に低い成果にとどまってしまうというもので、ピグマリオン効果と同じく、ローゼンタールによって提唱されました。ゴーレムとは、ユダヤ教の伝承に登場する泥人間のことで、呪文によって自由に動きますが、額に刻まれた文字を取ると土に戻ってしまうことに由来して、他人の影響で能力が奪われてしまうネガティブな効果を指して名づけられました。
ハロー効果
ハロー効果とは、相手の特定部分に対する印象や評価によって、その人全体をよい、もしくは悪いと評価してしまうことをいいます。 学歴や肩書、そのほか定部分の印象によって、あまり関連性がないほかの部分まで同じように評価してしまう、評価エラーの一種とされます。ピグマリオン効果は、相手への期待が伝わることで成果に結びつくという心理的効果ですが、ハロー効果は評価者が公正な評価をするうえでの留意点という位置づけになります。
ホーソン効果
ホーソン効果とは、周囲から注目されることによって成果を上げようと努力する心理的効果をいいます。生産性向上の要因を調査する目的で、アメリカで電話や通信機などを製造する企業のホーソン工場で行われた実験が名前の由来となっています。
ピグマリオン効果と類似性が高い概念ですが、ピグマリオン効果は他者からの「期待」が成果に結びつくとしているのに対し、ホーソン効果は、その人への「注目」「関心」によって成果が上がるとしている点で違いがあります。
以上のようにピグマリオン効果による業績向上を目指すためには、対象を管理職など特定の役職に限定することなく、むしろ組織全体で取り組んでこそ大きな成果が見込めるといえるでしょう。上司部下の関係だけではなく、同僚同士や部署が違う先輩後輩など、さまざまな関係においてピグマリオン効果を活用していきましょう。
参考:
伊藤崇達編著『やる気を育む心理学』北樹出版; 改訂版 2010年
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー編集部編訳『動機づける力―モチベーションの理論と実践』ダイヤモンド社; 新版 2009年
A.H. マズロー著『人間性の心理学―モチベーションとパーソナリティ』産能大出版部; 改訂新版 1987年
丸田俊彦著『コフート理論とその周辺―自己心理学をめぐって』岩崎学術出版社 1992年