目次
戦略人事とは
戦略人事とは、一般的に自社の経営戦略の達成に向けて、経営と人的マネジメントを結び付け、人的資源を最大限に活用していく取り組みのことを指します。
また、「戦略に適した人的マネジメントを行うことで、高業績の達成や企業戦略が実現される」と主張する「戦略的人的資源管理論(Strategic Human Resources Management)」に基づく人事管理の一般的名称でもあります。
戦略人事と従来の人事の違い
戦略人事と従来の人事の違いは、経営戦略との結びつきや企業の成長に寄与する人的資源の活用を意識しているか否かであると考えられます。
戦略人事は、企業の中長期的な成長戦略に沿った人材活用を目的としており、人材の育成や配置が企業の成長に直結したり、寄与したりするように設計・推進されます。一方で従来の人事は、短期視点の人材管理が中心であり、経営戦略との連携はあまり意識されない傾向があります。
戦略人事と人事戦略の違い
戦略人事と似た言葉として「人事戦略」があります。
「人事戦略」とは、人材の採用や配置、育成など人事に関わる業務全般を改革・改善し、組織の生産性を向上するための戦略を指します。
従来の人事業務の範疇で、より効果的な成果を目指す取り組みが中心であり、企業の事業目標や計画達成への関わりが間接的であるという点で、経営戦略の実現に直接関わる戦略人事との違いがあります。
人事戦略に関しては、以下の記事をご参照ください。
戦略人事と経営戦略の関係性
経営戦略を実現するためには、それを実行できる人材と、保有能力を十分に発揮してもらうための環境整備が不可欠になります。人材確保と環境整備は人事の重要な仕事ですが、高度に実行するためには、自社の向かう方向性や経営戦略を十分に理解したうえで、先手を打った取り組みが必要になってきます。
変化が激しいビジネス環境では、意思決定や実行スピードが重視されますが、そのためには経営戦略の策定においても人事が積極的に関与していくなど、経営戦略と戦略人事の関連性を強化することが重要だといえるでしょう。
なぜ戦略人事が注目されているのか
戦略人事が注目されている背景には、次の2つの理由があると推察されます。
- 企業を取り巻く環境が急速に変化しているから
- 少子高齢化によって生産年齢人口が減少しているから
グローバル化やテクノロジーの進化により、企業を取り巻く環境は短期間のうちに変化することも珍しくありません。環境や社会の変化に対して柔軟に対応し、企業の成長を維持するためには、経営戦略と密接に連携した戦略的な人的資源の活用が求められていると考えられます。その点、戦略人事は、中長期的視点での人材育成や、変化に対応できる組織づくりを推進する役割を果たすことが期待されているため、注目が集まっていると考えられます。
また、厚生労働省が公開している『令和6年版厚生労働白書』によると、15歳~64歳の人口は令和2(2020)年7,509万人となっており、その後も減少が続けば、令和27(2045)年には5,832万人にまで減少すると試算されています。
参考:厚生労働省のホームページ(https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/23-2/dl/01.pdf)
少子高齢化に伴い、生産年齢人口が減少しており、企業は限られた人的資源を効果的に活用し、組織の生産性を向上させる取り組みも求められています。戦略人事は、適材適所の人材配置や、リスキリングなどを通じた人材育成を行うことで、従業員1人あたりの生産性を向上させ、企業の競争力を維持・強化する役割を担うと期待されていることから注目が集まっているといえるでしょう。
戦略人事に必要な4つの機能・役割
戦略人事を実施するためには、以下の4つの機能や役割が必要であると考えられます。
- HRビジネスパートナー(HRBP)
- センター・オブ・エクセレンス(CoE)
- 組織開発・人材開発(OD ・TD)
- オペレーション部門
HRビジネスパートナー(HRBP)
これは、人事(HR)と経営トップや現場のリーダー(BP:ビジネスパートナー)との協働を実現していく機能です。
戦略実行のためには、経営トップの考え方を深く理解し、現場の実態やニーズを把握したうえで施策を検討することが必要です。経営トップから現場まで、各ビジネスパートナーとコミュニケーションを図りながら経営戦略に関わっていく役割となります。
HRBPについては、こちらもご覧ください。
センター・オブ・エクセレンス(CoE)
CoEとは(Center of Excellence)の略で、人的マネジメントに関する高度なスキルや専門知識、情報などを持つ人事のプロフェッショナルとして、主に人事施策を具体的に検討する段階で戦略人事に必要な知見を経営トップや現場に提供して、その実行をサポートする機能です。
採用や配置、評価制度など人事の幅広い業務への対応が求められるため、各分野での豊富な経験を持った人材が担うことが必要と考えられます。
組織開発・人材開発(OD ・TD)
ODはOrganization Development、 TDはTalent Developmentの略であり、組織開発とは、戦略を実行するための組織体制を構築する機能です。経営戦略を実現するための課題について、問題を顕在化・明確化して、人と人や組織同士などの相互作用によって課題の解決・改善を図ります。
人材開発は教育研修などを通じて、経営戦略を実現できるように個々の社員の能力や資質を引き出して成長を促す機能です。個人スキルやマインドに焦点を当てて課題解決を行います。
組織開発と人材開発は相互の関係性が深いため、両方の機能をバランスよく組み合わせて活用していきましょう。
オペレーション部門
給与計算や労務管理、勤怠管理、異動手続き、採用プロセスといった、従来の人事に関わる業務を、日常的に運用する機能です。戦略人事においても必須の基本機能であり、それぞれの業務を正確に、なおかつ効率的に処理することが重要です。
戦略人事のメリット
戦略人事の大きなメリットのひとつは、経営戦略と人的マネジメントを一体化させることによって、人的資源を活用するさまざまな経営施策をタイムリーに実行できることがあげられます。
従来の人事では、経営戦略との間に認識のズレや実行までのタイムラグが生じることがあり、環境変化に応じた経営戦略を実行する際のスピード感が失われるリスクがありました。戦略人事ではそうしたリスクを少なくすることが期待できます。
組織文化の醸成や個人の能力向上など、人事に関する改革の取り組みは、一般的に時間を要するものが多いといわれますが、これらの適正化・効率化が期待できることは、戦略人事のメリットと考えられます。
戦略人事の導入が難しい理由
ここでは、下記3つの側面から、戦略人事の導入が難しい理由について解説します。
- 経営的な側面
- 人事的な側面
- 従業員の側面
理由1:経営的な側面
戦略人事は、経営戦略との関連性が深い取り組みであるため、経営戦略が先に示されている必要があります。戦略が存在していなかったり、提示されていても不十分な内容であったりすると、導入してもうまくいかない場合があります。
また、経営陣の中で戦略人事に対して懐疑的・理解が不十分な人物がいるような場合、人事からの提言が受け入れられない可能性があります。経営陣が戦略人事の重要性を理解したうえで、経営戦略とのすり合わせを十分に行うことが重要になるでしょう。
理由2:人事的な側面
明確な経営戦略があったとしても、人事部門が戦略人事の重要性を理解していないと、そこから具体的な人事の施策をつくっていくことは難しいといえるでしょう。
また、人事部門が戦略人事の重要性を理解していたとしても、要員不足などで既存業務の実行に支障が出るような場合は、導入がうまくいかない可能性があります。
人事部門の戦略人事に対する理解が十分でない場合は、まず部門内での意識改革を進める必要があるほか、既存業務に加えて戦略人事を導入するだけのマンパワーが不足しているのであれば、適正な人員の確保が必要になるといえそうです。
理由3:従業員の側面
戦略人事は組織全体の運営を変革する取り組みであるため、個々の従業員の処遇や働き方、キャリアなどにも影響を及ぼす可能性がありますが、この変化を従業員が否定的に捉えてしまうことで、戦略人事の導入を難しくする可能性があります。
このあたりは、従業員に変化を嫌う保守的な傾向がある場合と合わせて、旧来からの経営慣行や組織風土などが影響することもあり得ます。
従業員には戦略人事を導入する必要性と合わせて、もたらされるメリットなども説明し、戦略人事への肯定的な理解を深めてもらうことが必要になるといえます。
戦略人事の立て方
ここでは、戦略人事の立て方の一例として、下記5つのSTEPに沿って解説します。
- 経営戦略、企業ビジョンの理解
- 経営戦略を踏まえた人材ビジョンの策定
- 中長期の経営計画を把握、理解
- 把握した計画と人材ビジョンをもとにした中長期人事計画の策定
- 人事計画の具体化と採用・人材育成計画の策定
STEP1:経営戦略、企業ビジョンの理解
戦略人事の目的は経営戦略の実現であることから、まずは経営戦略やビジョンを再確認して理解を深める必要があると考えられます。経営戦略の内容、課題や改善を要する点などを把握し、一貫性を持った戦略策定につなげるようにします。
STEP2:経営戦略を踏まえた人材ビジョンの策定
経営戦略の内容を踏まえ、それが達成されたときの従業員の状況を想定して、人材に関するビジョンを策定しましょう。
目標達成のために必要なスキルなどから、望ましい人材像を定め、さらにそこで必要な人員数なども検討、確認していきます。さまざまなデータや長期的な予測なども参考にしながら検討を進めていきます。
STEP3:中長期の経営計画を把握、理解
中長期の経営計画を把握し、その期間での企業目標を理解したうえで、人的資源のニーズや人事に関連する取り組み内容を明確化していきます。
それに加えて、より長期的な経営ビジョンも把握、理解し、将来に向けて準備が必要な事柄を明らかにしていきます。将来像からの逆算によって、現状で必要な人事戦略をより明確にすることが可能になると考えられます。
STEP4:把握した計画と人材ビジョンをもとにした中長期人事計画の策定
把握した経営計画と人材ビジョンを踏まえて、中長期の人事計画を策定します。経営計画の内容に基づいて、今後どのような人材を、いつまでに、何名確保する必要があるのかを分析し、中長期の視点で計画に落とし込んでいきます。将来的に必要とされる人材を早期に明確にしていくことは、経営戦略を実現していくための重要な取り組みです。
STEP5:人事計画の具体化と採用・人材育成計画の策定
中長期の人事計画をさらに具体化して、採用活動や人材育成に関する計画を策定します。採用活動に関しては、経営計画を実現するために必要な人材要件や人数、実施スケジュールなど、人材育成に関しては、経営戦略を実践するために習得が望ましいスキルや実施内容、期間などを計画していきます。
必要な人材をいつまでに何名採用して何名育成するのか、それぞれの実施方法や期間などを具体化しておくことが必要といえます。
戦略人事を行うために必要なこと
戦略人事を実施するにあたって、必要と思われる下記6つの項目について解説します。
- 外部環境を適切に把握する
- 企業目標、経営戦略を明確にして理解する
- 従業員の状況を把握し、現場からの信頼を得る
- 取り組みの整合性を図る
- 人的マネジメントの成果に関する評価指標を定めておく
- 戦略に関する説明を十分に行う
外部環境を適切に把握する
戦略人事が経営戦略と一体となった取り組みであることから、人や組織など人事に関わる範疇にとどまらず、自社が属する業界全体や国全体、さらにグローバルも含めた市場環境や経済状況などを、経営的な視点で捉えることが求められます。自社商品やサービスの競争力、顧客ニーズの状況や変化などの外部環境を適切に把握し、そこから中長期的な視野を持って自社の戦略を組み立てていくことが必要になります。
企業目標、経営戦略を明確にして理解する
戦略人事の導入にあたっては、企業の中長期的な目標や戦略を明確にして、その理解を進めることが重要になります。
目標や戦略があいまいでは、効果的な施策を打ち出すことが難しくなり、取り組みが適切なのか、効果的なのかといった評価も行いづらくなってしまいます。
戦略人事においては、企業目標と経営戦略を明確にし、特に人事はその内容をしっかりと理解しておくことが必要といえるでしょう。
従業員の状況を把握し、現場からの信頼を得る
戦略人事は経営戦略を実現するための取り組みであるため、場合によっては経営側の立場に傾きがちな一面があります。しかし、その対象となる従業員の気持ちやモチベーションに配慮しなければ、戦略的な取り組みを進めることが難しくなると考えられます。
そのため、人事部門は経営陣と従業員のつなぎ役となり、現場と協働しながら、現場の信頼を得ていくことが、戦略人事を進めていくために重要です。
働いている従業員の状況を把握し、モチベーションを高められるような施策を打ち出すなど、現場に寄り添って信頼を得ていく姿勢が必要となります。
取り組みの整合性を図る
戦略人事の取り組みは、組織全体に関わるものですが、この中で関係者間の認識が統一されておらずに、計画や実施する施策などの取り組みが整合していない状況に陥ってしまうと、組織が混乱して取り組み自体がうまくいかなくなる可能性があります。
戦略人事における取り組みでは、全体の状況を常にチェックしながら、整合性を図ることを意識することが大切です。また、認識のズレや食い違いが生じそうなときには、適宜修正できるようにしておくことが重要です。
人的マネジメントの成果に関する評価指標を定めておく
戦略人事の取り組みを進める中で、その成果についてはさまざまな捉え方が出てきます。そのため、成果に関しての評価指標を事前に定めておくことが必要だといえます。
経営戦略を踏まえた従業員の人数や質の充足状況、従業員満足度やモチベーション向上の状況、必要な活動の実施状況など、人的マネジメントを実施した成果に対する評価指標を定めて検証することで、共通認識がなされた活動が行われているかを確認することができるようになり、以降の取り組みにその結果を活かすことが期待できます。
戦略に関する説明を十分に行う
戦略人事では、自社の戦略に沿って採用や異動などの人事権を行使するための権限が与えられていることもあります。しかし、戦略に対する理解がされていないと、これらの権限の行使に対しても理解を得られずに、特に従業員から不満や不信感を持たれてしまう恐れがあります。
経営方針や経営戦略と、それに基づく戦略的な人事施策については、主に人事が従業員に対して十分な説明を行い、取り組みへの理解と協力を促すことが必要です。
アドバイザー
組織人事コンサルティングSeguros / 代表コンサルタント
粟野 友樹(あわの ともき)氏
約500名の転職成功を実現してきたキャリアアドバイザー経験と、複数企業での採用人事経験をもとに、個人の転職支援や企業の採用支援コンサルティングを行っている。