2022年、新型コロナウイルス感染拡大によって、企業の採用活動を取り巻く環境は大きく変化してきました。こうした変化は、中途採用市場にどのような影響をおよぼしているのでしょうか。今回は、株式会社リクルートから発表された「2023年 転職市場の展望」を基に、2023年の転職市場について解説します。

2023年の転職市場の展望

コロナ禍前の2019年からの「リクルートエージェント内」の求人数は、2020年1~3月期を境に大きく減少したものの、徐々に回復の兆しが見えはじめ、2022年においてはすべての職種において過去最高値を更新しています。企業の採用意欲が加速しているなかで、採用活動の状況はどうでしょうか。『リクルートエージェント』における「2022年度上半期中途採用動向調査」によると、採用計画を満たせなかった企業は81.0%にもおよんでいます。人材不足の様相は変わっていません。

出典:株式会社リクルート「2022年度上半期 中途採用動向調査」2022年12月1日

こうした状況を打開するための方策として、報酬体系を見直す動きが出てきています。中途入社者の賃金・処遇を決定するため外部労働市場の市場価値の観点を重視したり、前職の賃金を参考にして一定額を引き上げるなどすることで人材確保に取り組んでいるといえます。「2022年7-9月期 転職時の賃金変動状況」によれば、前職と比べて1割以上賃金が増加したと回答した転職者の割合は実に33.4%となり、過去最高値を更新しています。この動きは、転職市場だけでなく社内人材にも少なからず影響をおよぼすと考えられます。

出典:株式会社リクルート「2022年7-9月期 転職時の賃金変動状況」2022年11月1日

人材確保は非常に難しい状況となっているものの、採用が比較的堅調に推移している企業も存在します。その特徴としては、採用体制や人事制度、オンボーディング、評価体制などの改善に、企業が一丸となって取り組んでいることです。個人の働き方が多様化しており、企業にもそれに対応した体制や制度の整備が求められています。IT領域の人材の採用難が続いていますが、たとえばメーカーでは技術職だけでなくビジネス職や調達購買系、マーケティング系に強い人材にも企業は目を向けています。今後は採用体制の変化に加えて採用ターゲットの明確化をいかに実現するかが、人材獲得のカギとなるといえるでしょう。

15業界の企業と求職者の動き

それでは、15業界の転職市場の状況を見ていきましょう。

IT通信

IT業界での中途採用市場は引き続き活況を呈しており、2023年度も一定の水準を維持しそうです。エンジニア人材は、前職から1割以上賃金がアップしたと回答した転職者が38.7%にもおよんでいます。エンジニア不足は依然として顕著である一方で、最近ではマーケティングやプロダクト企画、ビジネスプロデューサーなどのビジネス職種求人も増えています。

人材不足を背景に、未経験者の募集を行う企業も増えています。また、ITの素養のある産休などからの復職者をリスキングなどでスキルアップし、IT人材化するといった取り組みも見られます。在宅勤務やフレックス制度を取り入れ、働く場所・時間の制約を取り払うことで、採用力をアップする動きも広がってきました。これらの制度は大企業だけのものと思わず、中小企業も取り入れることでよい人材を確保できる可能性があります。

出典:
株式会社リクルート「2022年7-9月期 転職時の賃金変動状況」2022年11月1日

コンサルティング

採用を控える企業も一部存在するものの、全体としてはコンサルティング業界における企業の採用意欲は高い状況にあります。アソシエイトからマネジャークラスまで、幅広い層の求人があります。

またコンサルティング案件が多様化しているのも特徴の1つです。コロナ禍を経て、マーケティング、管理会計領域のデジタル化を進める企業が増加しているほか、たとえばドローン技術の商用化やWeb3.0、メタバース活用などはまだ伸びしろのある分野であり採用ニーズが増加しています。一方でこの分野は経験者が少ないため、コンサルティング業界未経験かつ業界経験者を採用する動きも広がっています。

コンサルタントの働き方については「仕事が非常にハード」というイメージが根強いものの、業界内では改善が進められてきました。企業には健康を保って長期的に活躍できるような環境づくりを、今後も進めていくことが求められています。

インターネット

インターネット業界も全体として求人は活況といってよいでしょう。2023年度は資金調達に成功した成長ベンチャーを中心に、採用がさらに伸びると予測されています。
今後の採用戦略としては、待遇の更なる改善だけでなく採用上のコミュニケーション設計をいかに行っていくかが重要になるでしょう。コミュニケーション設計の一例としては選考リードタイムの短縮が挙げられます。選考が長期化することで人材を取りこぼしてしまうケースが多いためです。求職者の中には、副業を含めたキャリア形成を考えるケースや、柔軟な働き方を求めるケースが多くなっています。企業には、求職者のニーズを見据えたうえで、副業の認可や在宅勤務の導入など柔軟な対応が求められています。

自動車

採用が2022年度に引き続き過去最大規模となっており、活況を呈しています。EVの量産が本格化する段階に達しており、求人も技術職だけでなく調達購買や事務系と幅広くなっています。採用ターゲットを広げて、積極採用を進めていく企業が増えると考えられます。一方で求職者は働き方の柔軟性を重視しており、企業の対応次第では転職に踏み切る人材も増えてくるかもしれません。また同業他社にこだわらず、異業種へのスタートアップ転職を模索する求職者の事例も出てきています。

総合電機・半導体・電子部品

企業によって状況は異なるものの、採用が活発な分野と落ち着いている分野で分かれています。特に半導体分野では省エネ需要や半導体不足も相まって、堅調に求人が増えています。また最近ではSDGsへの取り組みから調達の最適化に着手する企業も増え、調達購買部門などの上位レイヤーの採用にも力を入れてきています。こうした上位レイヤーの採用難易度の高さや年々大きくなっている採用規模を背景に、企業には大量採用のための体制再構築が求められています。

求職者は働く場所や時間に関して柔軟性を求める傾向があり、特に勤務地に対する要望が強くなっています。そのため、転勤がなく、勤務地固定の求人に応募が集まる傾向があります。

環境・エネルギー(グリーン)/サステナビリティ

環境問題などに社会の関心は高まり続け、採用活動も活発化している状況です。しかし、企業が求めるような人材が少なく、採用の難易度が高くなっています。また、従来の環境安全ポジションの業務に加え、現在では、化学物質管理や各種数値の管理、人権問題への配慮などが求められており、業務の難易度が高くなっています。
求職者の関心は高い一方で、ターゲットが少ないのが実情です。従来この分野においては専門人材が求められてきましたが、それに加えて経営視点を持つ人材が企業に求められる動きになると予想されます。

化学

化学分野は原油価格高騰や半導体不足などの影響を受けつつも、従来通り採用が行われています。またCO2削減といった社会的課題を持つため、こうした課題に対応可能な人材の確保はどの企業にとっても急務であり、採用意欲は衰えていません。研究者の人材不足を背景に、業界に多少触れた程度の経験があれば採用ターゲットに入るようになってきています。また人的資本経営の取り組みを背景に女性管理職の採用ニーズが広がりはじめています。

求職者の動向としては大手企業へのこだわりが薄れ、仕事のやりがいや柔軟な働き方が可能かどうかなどに魅力を感じ、ベンチャーに関心を持つケースが以前よりも増えている傾向にあるようです。採用にあたっては、求職者のニーズを的確に捉えたうえで、採用基準やターゲティングの見直しといった取り組みが必要になると考えられます。

医療・医薬・バイオ

業界全体としては、採用活動が堅調に行われているようです。MR(医薬情報担当者)を中心に早期退職と中途採用が同時に行われる状況が続いています。また、採用側に比べ、転職者側の動きが活発になっています。

最近ではコロナ禍の影響で、医療業界への意欲が高い求職者が多く集まってきています。特に国産のコロナワクチンや治療薬の開発に関する求人も出てきており、バイオ系の経験がある人材のニーズも高いといえます。

求職者の傾向としては、営業経験者が増えてきています。昨今の半導体不足で製品不足となり、顧客への提案が限定されていることから、営業力の高い人材のニーズが高まっているようです。また、最近では異業界への転職を目指す求職者も増えています。しかし医療業界の知識だけでなくプラスアルファのアピールポイントが必要になるでしょう。そのため自己の強みの再認識やキャリアの棚卸しが必要かもしれません。

建設・不動産

この業界の求人数は過去最高レベルに達し、採用活動はますます活発化しています。業界として持続可能な開発が求められており、温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させるカーボンニュートラルへの対応を進めています。こうした取り組みを背景に省エネ関連の求人が出てきておりコンサルタントなどのニーズが高まっています。
労働環境の改善が進んでいない企業から人材が流出しており、こうした企業は今後事業の成長に苦戦することが予想されます。

求職者については、定年後も活躍したいシニア層の転職希望が増えており、働き方や労働環境を理由とした転職活動が増加しています。企業には、従業員がより柔軟に働ける労働環境の整備が求められています。

銀行・証券

銀行・証券ともに採用意欲は旺盛です。サステナビリティ関連やM&A関連、ファンド投資などのニーズが高いですが、経験者が限定されるため、スキルや経験ではなく潜在的な能力を重視した採用方法であるポテンシャル採用も進んでいます。銀行法改正による投資要件の緩和から、ファイナンス領域のニーズも高まっています。この業界は専門性が高いこともありターゲット自体が少なく、人材の獲得競争が激しくなっています。人事制度も整いつつあり、今後も積極採用が続く見通しです。

※ポテンシャル採用に関しては、以下の記事をご参照ください
ポテンシャル採用とは?メリット・デメリット、注意点をわかりやすく解説

生保・損保

幅広い職種で採用活動が活発に行われています。IT技術の発展にともない、デジタル化に関するDX関連ポジションを中心に採用活動が進んでいます。コロナに関する規制が緩和され営業機会が増えていることを背景に、営業に関連する採用が強化されています。最近では持続可能性を指すサステナビリティを意識した資産運用が浸透し、専門知識のある営業職が求められています。しかし採用難易度が高い現状があります。損保では、DX関連とファイナンス関連の職種が採用の中心になっています。気候変動や感染症に対する商品開発も加速し、新たなリスクに対応する必要性からビジネス範囲が広がっています。

金融業界内においては、人材が銀行系へ流れる傾向があります。現状として異業種のほうがキャリアアップへの道が広いと見られているようです。こうした人材の流出を防ぐためにも、企業は人材のキャリアアップへの道筋を提示していく必要があります。

消費財・総合商社

消費財分野ではコロナ禍で採用意欲が停滞気味でした。しかし現在、今後の成長を見据えた採用が回復傾向にあります。特に営業職のニーズが高まっています。新規事業の成功や原価上昇に対応するため、営業力の強化が急務となっています。

また企業によっては、海外への販路拡大を目的とした海外営業のマネジャーや、店舗に対する卸部門を拡充するための人材ニーズもあり、採用ターゲットは広くなっています。さらに近年ではEC関連のエンジニアやマーケターのニーズも根強い印象を受けます。この分野でも柔軟な働き方を望む求職者が多く、企業はリモートワークの導入などの対応が必要となってくるでしょう。

総合商社分野でも採用活動が活発です。この分野はもともとビジネス領域が広いのが特徴ですが、最近ではIT関連や不動産、エネルギー資源、材料開発など、一層ビジネスが多角化しています。これにより、総合商社の事業の柱であるトレーディングや事業投資の企画系人材だけでなく、多様な領域・職種で新規求人が増加しています。

総合商社への志望者は常に一定数いるものの、求められるスキルが高く採用難易度が高いのが実情です。求職者は企業に注目されるために、綿密な自己アピールをすることが必要でしょうし、企業側も求職者からどう注目されているのかについての意識が必要となるでしょう。

外食・店舗型サービス

採用活動は非常に活発で、この状況は2024年度も継続すると見られています。

人手不足を背景に求人が増えており、アルバイトスタッフの正社員登用や正社員の募集が行われています。特に店舗開発や施工管理系といった職種の求人が増えているようです。コロナ禍の影響で採用を抑えていましたが、経済活動の再開によって人材採用が急務となっています。人手不足からマネジメント層が現場に立つ例もあり、組織構造の見直しや社員のキャリア形成にも力を入れていく必要もあるかもしれません。
また、業界としてデジタル化への対応が求められています。管理業務をデジタル化することで、サービスの付加価値向上や働き方の改善などが期待できます。採用が難しい状況だからこそ、従業員が働き続けられる環境づくりが重要であるといえるでしょう。

人材・教育

人材業界では、主として営業職のニーズが高く採用は活発です。今期中に採用を充足させ、次期以降の景気動向を窺う企業もあるようです。今後求められる人材としては、顧客折衝力や営業力の高い人材が挙げられます。求職者が働き方の柔軟性や将来のキャリア形成に対する不安を抱えている場合があるため、企業には柔軟な対応が求められています。

教育業界も同様に、採用のニーズは引き続き高いようです。近年では学習塾だけでなく、スポーツ教室やプログラミング教室が人気で提供するサービスの幅が広がっています。採用活動に際しては、求職者に対して働き方の柔軟性をアピールしていくことが必要になるでしょう。

ベンチャー領域

現在は教育、フード、アパレルなどのコンシューマーサービスを手がけるテックスタートアップの採用が活発化しています。マーケティング職のニーズが増加し、十分な資金調達が実現した企業ではマーケット施策に踏み切り、異業種のキャリア職などを積極採用する動きも見られます。拡大を見据える企業にとって、いかに自社を客観的に捉えることができるかが今後の採用活動のポイントとなるでしょう。ベンチャー領域では採用専任者がいない企業やリファラル採用を進めてきた企業も多いものの、さらなる事業拡大を図るのであれば採用体制を構築し、魅力的な人事制度や働く環境を整えていく必要があるでしょう。

求職者は自身のキャリアを長期的にとらえ、計画的にスキルを身につけてスキルアップ・キャリアップを目指す傾向があります。近年では副業を認める企業も増えており、複数の仕事やキャリアを持つパラレルワーカーとして働きながら、本業になり得る仕事を模索する人が多く見受けられます。

今回は、15業界の転職市場の動向について解説しました。

コロナ禍から経済活動が戻りつつあるなか、各業界の採用活動は総じて盛り上がっているといってよいでしょう。業界に概ね共通する求職者の傾向として「働き方の柔軟性」「長期的なキャリアパス形成」が挙げられています。こうした求職者の意向にどれだけ沿うことができるかが、長期安定的に人材確保を図る大きなポイントになるといえます。

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