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コーピングとは
コーピング(coping)とは、ストレスに対処するための行動を表す英語で、「cope(対処する・対応する)」が語源であるといわれています。コーピングの考え方はアメリカの心理学者・リチャード・ラザルスによって提唱されました。ストレスの基(ストレッサー)にうまく対処しようとする意味で「ストレスコーピング」という使い方もされます。
ストレッサーによって過剰なストレスがかかった状態が続くと、心身へのさまざまな悪影響が生じます。心身の健康を維持するためには、ストレスの基を知り、上手にコントロールすることが必要不可欠といってよいでしょう。
コーピングの目的は、主として「ストレスの基となる部分を発見」し、「ストレス要因に対してアプローチ」して「負担を軽減」することにあります。コーピングを上手に活用することができれば、自身が感じるストレスを管理できるようになり、仕事のパフォーマンスの向上やモチベーションの維持につなげることが期待できます。従業員のストレス軽減は、企業の業績に直結するといってもよいでしょう。
コーピングとは、単に気晴らしや発散といったストレス解消の方法を提示するものではありません。ストレスとどのように向き合うかを科学的に分析して理解し、その対処方法を考えて実行していくのが特徴です。
コーピングが注目される背景
日本でコーピングが注目される背景には、多くの人がストレスを感じており、メンタルヘルス不調から休職や退職する従業員の問題が見過ごせない状況にあることがあげられます。過多な仕事量や仕事の責任に対する重圧、職場の人間関係など、仕事でのストレスを抱える人が多くなっています。また、ストレスが過度にかかるとうつ病や適応障害、脳梗塞などのリスクが高まり、心身共に不調をきたす恐れがあります。心身がリラックスしていなければ、よいパフォーマンスが発揮できないばかりか、健康をも害してしまいかねません。ストレスフルな環境では、仕事へのパフォーマンスも低下が懸念されます。こうした理由から、従業員がストレスに対処する方法の一つとして「コーピング」が注目されているのです。
コーピングの種類
では、コーピングにはどのようなものがあるのでしょうか。ストレスコーピングの方法は、大きく以下の2つに分けられます。
問題焦点型コーピング
問題焦点型コーピングとは、ストレッサーそのものに働きかけて、それ自体を変化させて解決を図ろうとする手法です。たとえば、ストレッサーが「対人関係」である場合、相手方に対し直接働きかけて問題を解決する方法です。
情動焦点型コーピング
情動焦点型コーピングとは、ストレッサーそのものに直接働きかけずに、なぜそのストレスがあらわれるのかを分析し、それに対する考え方や感じ方を変えていこうとする手法です。
ストレッサーが「対人関係」である場合、相手を変えるのは難しいことから、自分の考え方や感じ方を変えていくことでストレス軽減を目指します。
上記で紹介した2種類のコーピングは、ストレッサーそのものが何らかの対処によって変えることができる場合は「問題焦点型コーピング」を、ストレッサーが対処によっても変えることが困難な場合は「情動焦点型コーピング」を活用するといった使い分けが基本となります。
出典:厚生労働省「e-ヘルスネット」
コーピングで対処するストレスとは
コーピングで対処するストレス(ストレッサー)の種類はいくつかあります。ストレッサーは人によって感じ方はさまざまですし、同じ状況下であってもストレスを感じる人とそうでない人が存在します。まずは、自分自身が何にストレスを感じるのかを自覚することが必要です。ここではコーピングで対処する主要な4つのストレッサーについて説明します。
物理的ストレッサー
物理的ストレッサーとは、温度や光、音など物理的な環境刺激のことです。例として、「暑さ・寒さ」「騒音」「放射線」などが挙げられます。オフィス周辺の騒音やパソコンやスマートフォンなどのディスプレイから発生するブルーライト、室内温度の暑すぎ・寒すぎという状況も物理的ストレッサーの一つとなります。
化学的ストレッサー
化学的ストレッサーとは、化学物質や有害物質などのことです。具体的には「公害物質」「薬物」「酸素欠乏」「アルコール」「タバコ」「食品添加物」「におい」などが該当します。例として、オフィス内でにおいの強いものを食べたり、喫煙をしたりすることなどが挙げられます。
生物的ストレッサー
生物的ストレッサーは、生体の免疫反応を起こす刺激のことです。たとえば花粉やダストなどのアレルギー反応やウイルスなどが考えられます。
心理・社会的ストレッサー
心理・社会的ストレッサーとは、「不安」「焦り」「いら立ち」「怒り」「緊張」など、人間の感情をともなうものです。社会的ストレッサーには、「情報過多」「過密な都市生活」「家族環境」「経済・政治的問題や情勢不安」「職場関係」「恋愛」などが考えられます。一般的に私たちがストレスと捉えているものの多くは、この「心理・社会的ストレッサー」に当てはまります。
出典:厚生労働省「こころの耳」
コーピングを効果的におこなう方法
効果的にストレスコーピングを行うためには、正しい方法を理解することが必要です。 以下、効果的なコーピングの方法についてご紹介いたします。
コーピングリストの作成
ストレスへの対策や解消方法をリストアップし、実際にストレスを感じた際に実践する方法です。ストレッサーに向き合い、どうしたらストレスに対処できるかについて書き出したものを「コーピングリスト」と呼びます。リスト化する際は質より量を重視し、どのような些細なことでも挙げていきます。内容が多ければ多いほど効果があがりやすいといわれています。コーピングリストを作成することによって問題を可視化し、実際に検証することは非常に有効です。目の前に生じたストレスに適した対処法に着手できるでしょう。
モニタリング
ストレス反応が起きた際に、自分の気持ちをモニタリングする方法です。モニタリングとは、状態を継続的に観察・記録することで改善に役立てることです。ストレスを分析する場合、たとえば頭痛や手の震えなどの身体的反応や、辛さや苦しさといった精神的反応がどの程度の強度で生じたかを冷静に観察します。これがモニタリングです。その際、観察者の主観を入れないことが必要です。客観的に把握するよう意識してストレスの度合いが理解できれば、対処すべきストレッサーの優先順位を知ることが可能になります。
結果の分析
コーピングリストに基づいて実践しモニタリングを行ったあとは、結果の検証を行います。リスト化しただけでは意味がありませんし、観察しただけで放置してはなりません。観察した結果どのような効果が出たのかを分析することが大切です。ストレスの軽減が図られたのであれば、その手法は効果的であったと結論づけることができるでしょうし、そうでなければ再考が必要であるということになります。
上記のように、ストレスコーピングのPDCAを繰り返すことが重要といってよいでしょう。
参考:アドバンテッジジャーナル「ストレスコーピングとは。意味や種類、今すぐできる実践方法を解説」2023年2月6日
企業でのコーピング実践方法
次に、企業において取り組むことのできるコーピングの実践方法について主なものを紹介します。
メンター制度や1on1の導入
ストレスを抱えて辛い思いをする従業員に対し、救いの手を差し伸べる方法の一つとして、メンター制度や1on1の導入が考えられます。
メンター制度とは、新入社員などのさまざまな悩みに対して、年齢や社歴の近い先輩従業員がサポートし、必要に応じて助言する制度です。ここでポイントになるのは、「年齢や社歴の近い先輩従業員」がメンターなるという点です。年齢や社歴が離れた従業員よりも、年の近い従業員に対してのほうが相談しやすいという方も多いのではないでしょうか。相談できる人を社内で明確にすることで、新入社員が制度を積極的に活用することが期待できます。
1on1とは、上司と部下が定期的に行う1対1の面談のことであり、部下の成長を目的として行われます。ここで注意すべき点は、上司から話をするのではなく、部下が中心になって話してもらうことです。上司が部下に説教してしまっては意味を成さなくなります。上司が部下の気持ちに寄り添い、傾聴しながらもアドバイスをすることで、部下は感情や問題を整理でき、前向きな意識への転換やストレスの軽減につなげることが期待できます。
※1on1ミーティングに関しては、以下の記事をご参照ください
1on1ミーティングとは?効果的なやり方、導入方法、具体的なテーマ例を紹介
講座や研修の実施
ストレス対策を行うために、各種講座や研修を実施することも有効です。他者にコーピングやストレスマネジメントを行ってもらうことも重要ですが、従業員自らもストレスに対処するための学習をすることも大切です。近年ではe-ラーニングも充実しており、手軽に学べる環境も整っています。従業員がストレスの仕組みや対処法を知ること、そして社内全体でコーピングの手法をトレーニングする環境を構築することにより、組織全体のエンゲージメントや生産性を高めることが期待できます。
オフィス内での環境整備
環境整備を推進することも、ストレス対策には大変重要です。たとえば、オフィスの動線やレイアウトに配慮すること、休憩スペースの確保、使いやすいオフィス機器の配慮、明るさ・室温などへの配慮が考えられます。予算などの事情からすべてを実行することは難しくても、どこにストレスの原因があるのかを分析し、可能な限り環境を整備することによって、従業員が気持ちよく働き、パフォーマンスを発揮しやすい環境を整えることができます。
メンタルヘルス対策
従業員のストレスに対処すべく、日本でも労働環境に関連する法整備が進んでいます。現在では、企業が従業員に対して定期的なストレスチェックを行うことが義務化されており、メンタルヘルスケアの推進は必須です。
ここでは、企業のメンタルヘルス対策について主な流れを紹介します。
ストレスチェック制度の導入
ストレスチェック制度とは、ストレスチェックおよびその結果に基づく面談指導の実施、集団ごとの集計・分析などの取り組みをする制度です。ストレスチェック制度の中心になるストレスチェックは、従業員のストレスレベルを判定するためのアンケート形式の検査であり、企業はその結果を受けて何らかの対応を行います。
産業医の活用
メンタルヘルスの専門家である産業医や産業保健の専門スタッフとの連携も、従業員の健康管理を行ううえで有効です。労働安全衛生法では、従業員が50名以上いる事業場においては産業医を選任することが義務(50名未満の場合は努力義務)とされています。
産業医の役割は「治療」ではなく、従業員の心身の健康をサポートすることです。具体的には、健康診断の実施・結果への対処、長時間労働者の面接指導やストレスチェックの実施などが挙げられます。必要に応じて適切な医療機関の紹介をすることや、休職者の復職判断をする場合もあります。産業医を活用することは、従業員のストレス対策に効果が期待できるでしょう。
研修の実施
ストレスマネジメント研修は、小規模企業においても比較的導入しやすい取り組みです。具体的には、管理者や従業員に対してメンタルヘルスの重要性を啓蒙し、基礎知識の教育を行うことです。ストレス対策について社内の意識を高めることにより、メンタルヘルス不調に気づくだけでなく、ストレスの回避や予防に役立つことも期待されます。厚生労働省でも社内研修に関する資料も公開されているほか、近年ではe-ラーニングやDVDなどを活用して、手軽に学ぶことが可能です。
日本が「ストレス社会」といわれるようになって久しく、企業が従業員のストレスに対処することは極めて重要です。コーピングを実施することで、従業員のストレスを軽減するだけではなく、エンゲージメントが高まり、生産性向上が期待できるなどのメリットもあります。本記事が、企業においてコーピングを検討する一助となれば幸いです。